親父から息子につながる命

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前回、農業生産者がどう息子に農業を継がせるか、一つの事例を示しました。
もう一つの事例、養豚農家の経営者が息子に経営のバトンを引き渡した話をします。

長野県上田市の太郎山麓にある㈲タローファームは、昭和25年創業で、常時2,000頭の豚を飼育し、年間4,000頭の豚肉を生産。養豚農家の父親は現在60歳ですが、双子の息子達に小中学生時代にとことんお手伝いをさせました。当時は当たり前だった時代です。息子達は豚舎の掃除やエサくれ等きつい仕事が嫌で嫌でたまらなく、高校を卒業後家から離れたくて、大学に進学しました。

卒業後、兄は生命保険会社に就職し、関西で営業マンとして充実した仕事をしていたとのこと。弟も、長野県に戻り食品卸会社に勤めていました。

その二人が、数年で養豚業を継ぐことを決意
そこに何があったのか。二人から明確な話は聞いていませんが、父親が私に息子の話をしてくれた時に語ったあるフレーズに、ヒントがあると思いました。

その発したフレーズとは・・・

「愛と憎しみは裏返し」という言葉です。

結構重い言葉で、一瞬うなりましたが、徐々に理解ができるようになりました。

父親は、営業も飼育もし、徹夜でがむしゃらに働きました。この「がむしゃら」という言葉、懐かしいですね。「後先を考えないで強引に事をなすこと」と辞書にありますが、同年代の私も2~3日徹夜で仕事をしたことが何度もあり、うなずきます。また、青年団活動などにも前向きに取り組み、父親なりに充実した人生を送って来たと言います。

しかし、2人の息子の感情は、父に反発し、敢えて言えば「憎悪」でしょう。
一方、時間の経過がその感情を浄化させ、父親の存在や養豚業についての考え方が変わっていったようです。

双子の弟がそれとなく言うには、食品卸会社で連日夜遅くまでデスクワークを行っていた時、ふと「豚とのつながりに運命的なもの」を感じ、もう一度しっかり向き合おうと思ったとのこと。 そして、養豚農家とは、豚を飼育する」仕事ではなく、命をつくる」仕事だと感じたと言います。

養豚農家は、上田市ではただ一軒になってしまいましたが、その豚という生き物の命作りをし、食肉として提供する仕事は「人間の命を作っている尊い仕事」であり、愛する仕事と自然に感じたとのこと。多分、兄も同じような思いで一足早く辞めたと思います(多分・・・双子ですから)。そして兄と共に、この4月から一緒に養豚業に従事しています。 豚は「憎悪」の対象ではなく、時間とともに「愛おしい」存在に変換されました。

このところ、2人は色々なイベントで、「豚の丸焼き」をお願いされます。父親も、そういうオァーにすぐ応えられるのは、命を育て尊さを語れる息子たち「生産者」以外にいない、と誇らしげに語っています。

養豚5

特に、長野県においては、牛肉や鶏肉よりも豚肉が一番消費されます。行政としても、貴重な存在の彼らをバックアップしていきたいですね。

ちなみに、この「信州太郎ポーク」は、2016年第14回全国銘柄ポーク好感度コンテスト優良賞を受賞。柔らかく甘く、食べたい方は  ㈲タローファーム で検索 Tel:080-5141-9127

今回の学びは、
養豚生産者は、り、そこから色々なことを学んでいます。私たち消費者もです。それは即座に働く知恵で、生きる知恵です。 ⇒そう、この知恵を「豚知=とんち」といいます。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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