本当に販路開拓したいですか?

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”販路開拓”

いい響きですね。あらゆるところで聞く言葉です。行政のセミナーに行っても、展示商談会に行っても、農業者同士の会話でも、「販路開拓」という言葉が飛び交っています。商売をしていたら当然なことです。農業の世界では、今まで農協にしか卸していなった農家が多いので、販路開拓は至上命題です。

僕も販路開拓を追い求めていました。農作物や加工品の売り上げを伸ばせば、その先にあるのは楽園だと思っていました。販路開拓にはそのような甘いイメージがあります。

売り上げが上がると社内が活気づきます。農家に勢いが出てきます。前向きな投資もできるようになります。人も雇えるようになります。

しかし・・・

売れば売るほど忙しくなる

JAにだけ卸していたときにはなかった作業と悩みが出てきます。それはお客さんのことを考えるという作業です。相手との関係性を深めて、取引を安定的なものにしていくためには気を遣います。相手が求めているものを考え、提供していかなければなりません。

お客さん側からも要望が多く飛んできます。全てに応えている訳にはいかないので、密にコミュニケーションをとって落としどころを決めていきます。

販路が広がると、当然お客さんの数が増えます。気を遣わないといけない相手が増えるわけです。一回取引が開始されれば、もう安泰!というわけにはいきません。何度もリピートしてもらうためには、信頼関係が必要です。また新商品を投入しなければならないこともあります。気を抜くと、お客さんは離れていきます。大切に大切にしていなければなりません。

社内の混乱が始まる

お客さんが増えて、作業量が増えると、社内スタッフから不満が出てきます。作業量のわりに最初は利益がでないので、給料も増えません。なんでこんなことやらないといけないの?となります。

作業はどんどん複雑になっていきます。お客さんごとに出荷仕様が異なることがあるからです。内容量、製造工程、包装形態、内容量、梱包、ラベル、納期、宛名・・・。間違えないように何重にもチェックを入れます。

でも時々ミスが発生します。クレームになります。そしてクレーム対応にも追われます。

新しい社員を雇うと、教育やマネジメントコストが増えます。

思い描いていた販路開拓の結果と全く異なるわけです。農業法人で働いていたとき、僕も回りのスタッフもこのギャップに苦しみました。僕が特に信頼していた責任感の強いスタッフのストレスは限界に達しました・・・

自分たちの好きなお客さんに的を絞る

実はそこで方向転換を図りました。付き合いたくないお客さんと距離を取るようにしたのです。あくまで自分たちが尊敬できて好きなお客さんだけを、顧客リストに残しました。どれだけ大変なことであっても、このお客さんのためなら何かしてあげたいと思える人たちです。

そういうお客さんは、「いつも素晴らしい商品を届けてくれてありがとう。」と言ってくれます。この一言が、やりがいに繋がります。そして社内の雰囲気が少しずつ変わってきました。

今までお客さんのことに興味を示さなかったスタッフが、お客さんのことを気に掛ける発言をし始めたのです。「お客さんの立場に立ってみると、このラベルをもっと大きくしたほうが良い」などという社内議論が活発になりました。

もちろん好きなお客さんだけに絞ったからといって、作業量が減るわけではありません。「販路開拓=作業量が増える」は変わりません。

アクセルとブレーキを同時に踏んでいる農業者

もしあなたが販路開拓に理想のイメージしかもっていないなら一度考え直したほうがよいです。売り上げ、利益が伸びると同時に、やることが増えます。お客さんのことを考え続けないといけなくなります。

それが煩わしいと感じるのであれば、JAに卸すだけの農家に戻ってください。なぜなら、あなたは販路開拓というアクセルを踏みながら、無意識にブレーキも踏んでいるからです。販路開拓が前に進むはずもありません。労力の無駄ですよね。

もしあなたが複雑で面倒くさい作業をやっていく覚悟があるのであれば、それはGoサインです。ブレーキから足を外してください。

このブレーキの話はある意味タブー論かもしれません。しかしその状態を自ら経験してきた僕だから伝えないといけないと思っています。ぜひ考えてみてください。

-田中良介

この記事を書いた人

田中良介
田中良介
Innova Market Insights社の日本カントリーマネージャー。世界の最新トレンドとマーケティングに精通しており、食品企業の商品開発やマーケティング活動を支援している。自身もかつては食品企業で、苦労しながら商品開発と販売をしていた経験あり。 日本と世界をつなぐ架け橋となり、食品企業のレベル向上に貢献することがミッション。 海外での講演活動にも精力的に取り組む。
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