6次産業化で「創業する心構え」とは

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最近、「信州6次産業化推進協議会」主催の6次産業化研修会で、講師として話をする機会がありました。研修会は5回シリーズで、私は初回の研修テーマ「創業の心構え」について話しました。私が受講生に伝えたかったことは何か、そこで話しそびれたことを含め、手短に記します。

「創業」とは何か

まず、6次産業化に取り組むに当たり、敢えて「創業」という言葉をしっかりつかむことが重要です。辞書に出ている通り、創業とは「主に営利を目的とした事業を始めること」です。会社設立とは関係なく、個人事業主として商売を始める場合が「創業」です。

私が今まで経験してきました中で、6次産業化で「創業する心構え」を以下のポイントをあげて説明します。

①「危機感と6次産業化への熱い思い」

利益を目的にした事業とは、利益を上げられる商品を作ることであり、世の中にジュースやジャム等の加工品が氾濫している現在、よほどの情熱をもって農畜産物の商品開発・販売に取り組まねばなりません。

このままでは自らの農業継続は困難であり、またこの地域の農業も終わってしまうという「危機感」を持ち、地域資源の6次産業化がその解決策であるという熱い思いが不可欠です。また、粘り強い取り組みが求められます。

②「生産者から経営者への転換」

熱い思いを持って6次産業化に取り組む生産者は、もちろん原料供給者ではありません、ではどんな姿が期待されるのでしょうか。ズバリ言いましょう・・・

付加価値創造者です。ここで、重要なのが創業における「営利を目的」とした事業という言葉です。地方の農業者は、作物を作って農協に出せば、農協が選果して市場に出し卸売業者等との間で値がついて、その代金が農業者の口座に振り込まれます。その時点で儲かったかどうかという判断は難いでしょう。その時々に売り値が違い、時間的経過を待たねばならないからです。自らが売価を決定できないと利益志向が薄れます。では、どう利益を確保するか。

一般的に農業者は、苗木や肥料等の購入など現金支出についは頭に入っています。しかし、多くの農業者は自らの人件費等は後回しにし、年間を通してのアバウトな所得として把握するに留まっています。農機具の減価償却費も現金支出を伴わないので把握し辛いでしょう。

そこで、「利益を計算する行為」は、創業での「営利を目的」とする一番基調をなす行為です。個人事業主でも、農業者から「経営者」になる自覚が求められます。そして・・・
経営者は利益を獲得することで付加価値創造者であることを示さねばなりません

③「独自性ある商品作り」

経営者として大切な知識の一つに「マーケティング」があります。消費者の欲求に基づく商品提供が「マーケットイン」の発想です。私が聞く生産者の6次産業化に取り組む理由は、相変わらず「出来過ぎちゃった」「余っちゃった」「曲がっちゃった」という私流に一言でいえば「出来ちゃった」困(こん)です。この理由から作る加工商品が、消費者の求める商品であるとは誰も思わないでしょう。

1次での栽培・生産方法や品種、加工用などに独自性があるか、2次では加工製法等で大学や研究機関と連携して独自技術や自然エネルギー利用等の違いを出せるかです。

④「身の丈に合った経営」

そもそも、生産者(法人含め)の単独による6次産業化は、経営学的には「多角化経営」です。ですから、一般的な多角化経営のメリット・デメリットの多くが当てはまると思います。

メリットは、「経営資源の有効活用」「付加価値としての利益をゲット」「商品価格の決定権を保有」「リスク分散」であり、デメリットは「経営資源の分散」「加工技術・マーケティングノウハウの欠如」「マネジメントが困難」「加工設備投資等で資金不足懸念」など。

6次産業に取り組むある社長が言っていました。農業者が、加工場の工場長をやり、できた商品を売る商人も兼ねるのは「シンドイ」。

敢えて言います。個人で6次産業化に取組むのは難しい状況になってきました。上記の、特に③「独自性ある商品作り」は、マーケットインの発想やノウハウのない個人ではよほどの幸運に恵まれない限り無理でしょう。

以上は、私が長野県農産物マーケティング室勤務時代に作成した事例集1(最終の頁)、事例集2(最初の項)に整理しています。参考までにご覧ください。

http://www.shinshu-6jika.jp/6jika/case

6次産業化で名を馳せたある社長が言っていました。強烈な次の一言です。
「売れないものをつくったら会社は破産します」。

そこで、地域で期待される存在があります。その存在とは・・・
「地域金融機関」です。その話は次回に。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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