映画「君の名は。」を見て地域創生を考える②

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前回のブログで、「地域創生には歴史と地域の絆の視点が欠かせない」と書きました。
そこで、「歴史と絆が大切といっても、かえって過去に拘束され、自由な発想やストーリーができないのでは」という反論が考えられます。それに対して私の回答はこうです。

「そこに暮らしている人たちを主人公とするならば、その地で昔から生きてきた人々がバトンを渡しながら、歴史が作られてきたのです。ですから、過去を新たな視点で見直し光を当てることで、地域の固有性という付加価値を生みだすことができると思います。けっして過去は現在を拘束しません」。

では、新たな視点で見つめ直すには、何が必要でしょうか・・・。私の考えをズバリ言います。

「その地域でより豊かに生きる生活者の視点」です。

「その地域でより豊かに生きる」とはどういうことか、熱く議論したいですね。私の考えでは、その議論の担い手は、まさしくそこで暮らす熱い人です。情熱がないと、時間がかかり持久力を要するプラン創りなどできません。そして、その豊かさを見出すには、膨大な情報量よりも、「そこにあるもの」にどう意味を持たせ、付加価値化していくかが重要であり、知恵が求められます

情熱をもつ人は、個人として如何に生きるか真剣に立ち向かっている人で(あまり既存組織に従順でなく、私の知っている限り、かえって煙たがれている人が多いといえます)、向上心があり、生きる上での智恵を培っています。

その数人が結集し議論を重ねる中で、地域創生に向けたストーリーが見えてくると思います。たぶん、歴史的文化的な視点がくっきりと浮かび上がってくるでしょう。

ここでも、こんな声が聞こえてきそうです。そんな組織に馴染まない自分勝手なことばかり言う人たちが一緒にまとまるのか、まず無理だね」。

そうでしょうか。私の知る限りそういう人たちは、同じ方向を向いている人間と分かれば、ネットワークを組むことにためらいはありません。かえって、組織重視の人は、組織外の方と情報交換することに臆病です

「君の名は」の制作過程はどうでしょうか。映画館で買ったパンフレットを読むと、企画書は新海監督が考え、そこに彼の求めに応じて作画監督やキャラクターデザイナー、ミュージシャン、声優他が参画し、格段にレベルアップしたと監督自ら語っています。 

そうするとすぐ「プロの集団を集めるなど無理」との声が聞こえてきそうです。それに対する皆さんの回答はどうでしょうか・・・。

異分野の地域出身者の参画

私ならこう答えます。

「当然、プロの集団は無理でしょう。しかし、その方向で仕掛けることはできます、どういうことか・・・。この地域の創生プランの企画案を核になって熱く作った数人と一緒に、故郷の未来の為に力になって欲しいと、異分野で活躍する地域出身者達(域外在住者を含む)に参画をお願いします

当然、熱いソウル(魂)の持ち主でなければなりません。もちろん、そのメンバーの参画を説得するのは、地域の首長自身の役目です。」

首長が熱くなければ始まらないでしょう。そして、プランの実行を担保するのも首長です(映画でも、主人公・三葉の父は町長で、最後には三葉たちの思い切った行動を担保します・・・見てない方はわからなくてすいません)。

ところで、行政が地域創生等の計画作りを行う際、著名人の講演を開催し、全国の成功事例をたくさん聞き、「皆さんも参考にして下さい」などとお茶を濁される場合が多いことも知っています(少しきつい言い方ですいません)。

また、多くの人が参画するプラン策定委員会方式や、シンクタンク・大学等が請け負った場合、深掘りできず、中和したプラン内容になりかねません。

そこで注目されるのは、会議やワークショップ等を開いて、ポストイットを使い多くのアイデアを出し集約する方法です。

もちろん、それだけでは発想が均一でバラ色の散漫なストーリーになる恐れがありますので、まず数人の熱い人たちで歴史・文化の見直しによる基軸作りを行ったうえで、接ぎ木するように、異分野の皆さんの参画による自由なアイデア出しでの展開を行うことです。

幹を作った上で、自由に枝を伸ばすといったイメージでしょうか。

以上、地域創生には、この地の歴史的・文化的な基軸が必要であり、住民の絆を引き受け引き継ぐものを明確化することが何より求められます。

そう、「君の名は。」の中に出てくるお前は誰だという言葉に対し、地域創生で同じトーンで言うならば、この地はどこだとなるでしょう。それを問い続けることかと思います。

次回に、①②で書いてきたまとめとして、私が日ごろ基本に置いている「あるやり方」を紹介します。少しだけ、ご期待下さい。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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