農業法人で働いていたある日、ふと思いました。
自分が育て販売している巨峰はいったいどこからやってきたのだろうか?
どんな歴史があるのだろうか?
インターネットや文献で調べてみると、もともとは伊豆の研究所で交配された品種であることが分かりました。戦前に生まれ、そして昭和20~30年代の高度成長期に、全国に広まったとのことでした。
もっと知りたかったので、全国各地にある「巨峰発祥の地」と呼ばれるエリアに手当たり次第電話をしてみました。たとえば、福岡。そこの長老と呼ばれる人にいきなり電話をして、当時のことを聞いてみました。
福岡の巨峰も元をたどれば、やはり伊豆にたどり着くということでした。長野も愛知も、やはり伊豆に原点があります。
しかし、肝心の伊豆の情報がなかなか手に入りません。誰に聞いても情報はおぼろげ。当時のことや、現状がどうなっているかも、はっきっり分からないのです。
よし、伊豆に行ってみよう
農業法人の同僚にそんなこというと、「田中の頭がまたおかしくなった」と言われてしまうので、休暇をとり、黙って行きました。
目的地は、伊豆半島の中腹に位置する”中伊豆”。そこにかつて研究所がありました。大井上康先生(農業学者、1892-1952)が昭和17年に交配に成功し、巨峰が誕生しました。その情報だけを頼りに、ただただ、その地を目指しました。
大井上先生はもうとっくに亡くなられていますが、親族の方がいるかもしれないからです。
それは小高い丘の上にありました
電車を乗り継ぎ、伊豆半島の修善寺という駅でおります。
そこからがまた険しい山道。民家がまばらになってきて、本当にこんな山奥に研究所があるのかと不安に思ったとき、
「あった!これだ!」
そこにかつて原木があった
そのとき出迎えてくれたのが、大井上先生の息子さんの奥さんでした。御年90歳になるご高齢でしたが、とても元気なおばあちゃんでした。
ここにかつて巨峰の原木がありました。2本ありました。天気の良い日は樹の向こうに富士山が見えます。だから”巨峰”という名前がついたんですよ。と教えてくれました。
※ここにかつて巨峰原木がありました。
巨峰原木は、昭和30年代の狩野川台風によって、被害を受け枯れてしまったそうです。しかしその直前に多くの人が枝を取りに来ました。それが、福岡や信州など全国に広まったとのこと。おばあちゃんも、当時多くの人が訪問してきたことを覚えていました。
大井上先生は多才な方でした・・・
元研究所の建物には、多くの文献が残っていました。この方が巨峰を作った大井上先生です。
数か国語を操る天才だったそうです。絵も上手で、以下がご本人が書かれたブドウの絵です。味がありますよね。
さまざまなブドウを交配し、実験を繰り返したとのこと。以下が当時の交配記録と思われるものです。巨峰以外にも、かつて「巨鯨」と呼ばれる品種が存在しました。巨峰が山なら、巨鯨は海をモチーフにした品種です。今ではどんな味なのか知る由もありませんが、、、驚きです。
お客さんにも響く重みのあるキーワード
富士山、2本の原木、巨鯨、多彩、狩野川台風、発祥の地・・・
これらの言葉と、その背景を理解すれば、お客さんに語れる言葉が増えます。実際、これらを、僕はパンフレットや商品コンセプトに落とし込んでいました。お客さんとコミュニケーションを取るときも、これらのことを付加価値として教えてあげていました。
ものを販売するうえで、今の世の中様々なテクニックが存在します。IT、SNS、Facebook、Youtube、インスタグラム・・・。あらゆる新手法が溢れ、農業者はそれらに翻弄され、多くの時間を奪われてしまいます。上手く使うことを僕も勧めていますが、もろい手法であることも事実です。
もしあなたが、長く使える営業テクニックを手に入れたいのであれば、あなたの作物や地域の歴史を深くたどってみてください。うわべのテクニックとは異なる、深い知恵を得られます。
決して廃れることのない知恵です。
-田中良介
追伸:
大井上康先生の碑にこんな言葉が刻まれていました。
「何よりもたしかなものは事実である」
その後の僕の活動に、大きな影響を与えた言葉です。
この記事を書いた人

- Innova Market Insights社の日本カントリーマネージャー。世界の最新トレンドとマーケティングに精通しており、食品企業の商品開発やマーケティング活動を支援している。自身もかつては食品企業で、苦労しながら商品開発と販売をしていた経験あり。 日本と世界をつなぐ架け橋となり、食品企業のレベル向上に貢献することがミッション。 海外での講演活動にも精力的に取り組む。
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