前回ブログの熊澤南水さん「ひとり語り」の続きです。
終演後に懇親会を行いました。そこで、南水さんの話の中で印象的だったことを書きます。
全国を公演で回る先には、小学校、中学校、高校もあり、それぞれ理解できそうな文学作品を選んで語るが、今までいくつかの驚くことに出会ったといいます。その中でも、「とっておきの話」として、次の話をされました。
高瀬舟
それは、ある高校で、森鴎外の「高瀬舟」を語っている時に起きました。作品のあらすじは次の通り。
弟殺しの罪で高瀬舟に乗せられて島流しにされる喜助は、なぜか晴ればれとしている。護送の役目の同心・羽田庄兵衛はそれを不思議に思い、彼の心持ち を問うてみた。
親を流行病で亡くし弟と二人暮し、一緒に助け合って働いた。
しかし、弟は病気で働けなくなったことから、早く死んで兄を楽にしてやりたい一心で、自殺を図った。が、死にきれず苦しんでいる弟に手を貸し死なせてやったという。
話を聞いて、庄兵衛は、喜助の安心立命の境地に感嘆した。
この話を聴いた生徒たちはどう反応したのか・・・。
どの場面で何が起こったのか。全員が南水さんの次の言葉をかたずを呑んで待ちました。
言葉の力
この話の中で・・・ 弟が自殺を図るため、のどを切って死のうとしたが、うまくいかず刃が刺さったままになってしまった。喜助は、医者を呼ぼうとするが弟が必死に抜いてくれと頼むので、しかたなく抜いてしまった・・。
と語った場面です。
なんと・・・3人ほどの生徒が失神してしまったのです。
当然、南水さんは抜群の演技力でリアルに語ったと思われますが、映像表現の場合なら、たぶん失神まではいかないでしょう。
このショッキングな話に、全員、改めて南水さんの話力に感じ入ったのですが、私は、考えを巡らしていました。
私は講演時に、パワーポイントで写真や図を使い評判もまあまあですが、研ぎ澄まされ話力は、言霊となって聞き手の心を揺さぶります。今まで、映像に安易に頼っていなかったか、大いに反省です。
さらに、「聞くこと」についてです。
生徒達は、南水さんの話を真面目にしっかりと聞きました。引き込まれたでしょう。私は、相手(お客様)の話しを聞くとき、相手の話がうまいかどうかにかかわらず、しっかり誠実に聞いているだろうか。
「聞く力」をつけないと、お客様との対話からニーズなど見つけられません。
聞くと聴くは異なる
そこで、以前、どこかで読んだ言葉が浮かびました。「聞くと聴くは大きく異なる」ということです。
「聞く」は、耳が一つですが、「聴く」は、耳のほか目と心が加わっています。
まさしく、聴く力が大切と思います。
失神した高校生たちは、確かに聴いていたのです。
この記事を書いた人

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長谷川戦略マーケティング研究所所長
1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
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