平成農家の嫁事情 その3 ~嫁が来ない農家&嫁が出ていく農家~

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昔の農家やっていませんか?

~嫁が来ない農家&嫁が出ていく農家~

今は平成29年(2017年)です。お嫁さんたちは平成生まれ?お舅さんやお姑さんは昭和終戦後生まれ!その上の大舅さんと大姑さんは昭和終戦前生まれでしょうか?

昭和終戦(1945年)から終戦後30年(1975年)くらいまでを「昔の農家」と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?

少し日本の農業の機械化の歴史を調べてみました。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=232219より

戦前
日本では明治33年ごろ農用にエンジンが用いられはじめた。その約10年後には「農発」の国産機が誕生し、1920年頃には他の農用機関も国内生産が始まった。とは言え戦前は牛馬耕が中心であり、耕うん機など圃場で移動しながら作業する機械は皆無であった。(後略)

終戦直後1945年(昭和20年)~戦後の農地解放により農家の大部分は自作農となり、(中略)とくに昭和25年(1950年)頃、アメリカから導入されたメリティラ(小型耕うん機は、家蓄用の犂トラクター用に改良した凌用犂をセットして耕うん作業に、また簡易トレーラーをセットし運搬業に使われ、爆発的に普及した。(中略)

かつての主役であった牛や馬から日本の水稲作の主役は、歩行型トラクターにゆずられ、とくに耕うん作業や運搬作業では完全に汗から解放された。

高度経済成長期
昭和35年ごろからの10年間は、いわゆる日本経済の高度成長期であり、農業においても規模の拡大と果樹・畜産の選択的導入などがはかられた。(後略)

現在
(前略)より高度な機械化も進んでおり、コンピュータ制御を駆使するコンバインや果樹の自動選別などが実用化されている。農業ロボットについては、ほとんどがいまだ研究段階(後略)

1953年(昭和28年)に施行「農業機械化促進法」1961年(昭和36年)に「農業基本法」が施行。少数の大農家と大多数の兼業農家という構図が出来上がっていった。

とのことです。

「昔の農家」のお舅さんやお姑さんたちが平成の時代でも存在することにときどきビックリしてしまいます。

平成時代の農家は、コンピューターやロボットが登場しているのです。

昔の農家の時代は、お嫁さんは大切な労働力。ある意味、牛や馬と同等のような時代でした。ある農業者の会合の時に、昔の農家タイプの70代の方が、まだお嫁さんが来ていない農家の男性に

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「嫁もらえ楽になっぞ!」

と声をかけたときに、ゾッとしたのを覚えています。こんな農家に嫁に行ったら、たぶん、牛や馬のように労働させられる!と感じました。さらに、女中さんのようにすべての家事をすることになると・・・。

嫁の来ない農家は、まだ「昔の農家」の意識でお嫁さんを見ています。自分の母親の姿を自分の長男の嫁にも重ねています。嫁が出ていく農家も、まだ「昔の農家」の長男意識でお嫁さんに接しています。

声を大にして言います。

平成の時代、お嫁さんは牛や馬=労働力ではありません。家事を全部する女中さんではありません。

平成の時代のお嫁さんは、パソコンもできるし、トラクターの運転もできます。牛や馬のような力仕事はできませんが、いろいろなことができるのです。

「昔の農家」をまだやっている農家の皆さん、一刻も早く意識改革をしないと、お嫁さんは来ませんし、もしかしたら、今いるお嫁さんがいなくなってしまう日が来るかもしれませんよ。 

お舅さま・旦那さま お嫁さんを嬲る(なぶる)ことなく、大切にしてくださいね!         

つづく

この記事を書いた人

佐藤 昭子(さとうあきこ)
佐藤 昭子(さとうあきこ)
1956年東京生まれ東京学芸大学教育学部美術専攻工芸専修
公立中学校美術教師を23年勤め早期退職
2002年4月より夫の故郷福島県西会津町奥川にて専業農家となる。6次化による商品開発(焙煎椎茸「まぜらんしょ」・椎茸野草茶「會津ティー」・椎茸ふりかけ「おかわり」など)
2010年7月農業法人株式会社キノコハウス設立 翌年3月11日東日本大震災にて被災キノコ生産を中止する。
2013年自宅縁側にて「縁側カフェ」起業
メープル樹液採取成功
2015年メープルサップ(樹液)商品化
にいがた6次化大賞日本食糧新聞社賞受賞
2016年メープルサイダー商品化
フード・アクション・ニッポン・アワード2016入賞
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