前回に続いてです。
大正から昭和初期に書かれたこの本には、現代に通じる内容が随所にあり、正直びっくりします。
■現在を予見している内容とはなんですか
例えば「地域における連環式経営」の考え方です。まず、北ドイツの事例です。
栽培する甜菜(てんさい)は砂糖に精製し、馬鈴薯(ばれいしょ)は食料の他にでんぷんとし酒精(エチルアルコール)に精製する。
排出される多量の廃物を豚の飼料に活かし、その豚の排泄物は肥料として甜菜・馬鈴薯の栽培に利用する、という循環農業です。
日本では、長野県塩尻地域のある村の事例として・・・
大豆を生産し豆腐に加工、寒い北風を利用し凍み豆腐をつくる(正に風土産業=6次産業化ですネ)。
一方、豆腐の搾り粕(おから)は豚の飼料に使い、豚の排泄物は養蚕業の桑や夏季野菜の肥料に使います。
そこには、塩尻峠南麓における冬季の凍み豆腐製造期間に吹く北風が大きく影響しているといっています。
さらに今後の展開として、「養蚕業と補助産業の多重の連環」を提案します。
桑、蚕、生糸、織物……だけではなく、蚕の糞や桑屑を綿羊の飼料に。桑の木の皮や屑繭から製紙をつくる。さらに繭から石鹸や化学薬品をつくる。
多方面の関係を持つ産業なのに、単純に儲かるからといって麦や大豆の耕地や水田にまで桑を植え込んだのは大間違い、と喝破しています。
別の巻「2地域からの教育創造」では、「風土の視点で世界を理解する」ことを説いているんですね。
一例では、北アメリカ大陸の農業地域と降水量分布、牛一頭に要する牧場面積の広狭と夏季の雨量との類似分布など、多様な図を用いて説明しています。
また、砂漠地帯での太陽熱利用や夜間の快晴を利用した天文台の設置など、砂漠の特異な風土を活かした新産業などが生れつつあると述べています。
三澤は、一つの石の両側で風土は異なるという独自の視点と観察眼を持つ一方、外国でもその地にあった産業を見いだしている、という大きなスケールを持っていました。
こういう見識を昭和初期に持っていた人は稀でしょう。
■なぜ三澤にそれほど惹かれるのですか。
この本には書かれていないんですが、彼の教師としての姿勢が独特なんです。
板書してはいけない、考えること。徹底的に野外実習をさせます。試験は、白紙に地図を書かせるもので、暗記は役立ちません。
この独特の授業を受けた教え子たちからは、多くの学者や文化人を輩出しています。教え子の一人、作家・新田次郎が三澤の授業としてあるシーンを回想しています。
「私たちのクラスにごた(手におえない生徒)が一人いて、窓ガラスを割った。そこに三澤先生が通りかかり、割れたガラスを紙に貼り同心円状と放射線割れ目の物理的性質について1時間の講義を受けた。大変強い印象を受けた。」
三澤は物理学者・寺田寅彦と交流があり、物理学にも関心が高く、こんな授業をうけた生徒は大いに知的な刺激を受けたことでしょう。私も受けたかった・・・。
彼は、東京帝大教授他の中央の学者たちと交流し、また毎月多くの科学専門雑誌を購読していて、世界の動向にも敏感でした。
昭和初期の信州という田舎で、多彩な学問領域を縦横に駆使し世界をも視野に入れて活躍していた型破りな一教師がいたんですネ。
私は時代を超えて大きな刺激を受けるとともに、畏敬の念を覚えます。
■仕事面で影響を受けたことはありますか。
私の仕事での「地域づくりのアドバイス」は、この「風土産業」をベースにしています。
気付いた人はいないでしょうが、今までブログに書いてきた地域づくりに関する意見は、この本から多くの発想を得ています。
最後に、私の今までの仕事で影響を受けた象徴的な話をしましょう。
長野県庁農政部で、長野県産農畜産物の統一ブランドづくりに関わったときのことです。
担当者として、「おいしい信州ふーど(風土)」という統一名称を提案しました。
しかし、(風土)を入れるのは長いし、よけいだと周りからさんざんでした。私は(風土)にこだわっており、最後まで押し通しました。
それは、単に長野県の産み出した農畜産物という「物」を意味するのみならず、県内各地の「風土」という固有性を織り込んだ「ここにしかない価値」を県内外にアピールし、需要を創りたいと思ったからです。
三澤先生から教えてもらったことへの私のささやかな恩返しのつもりで・・・。
この記事を書いた人

-
長谷川戦略マーケティング研究所所長
1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
この投稿者の最近の記事
【長谷川正之】2023.07.24「突然の携帯メッセージに思わず涙」
【長谷川正之】2023.07.12「これは本物ですか?」
【長谷川正之】2023.05.30環境を変えてみる!
【長谷川正之】2023.05.03原点を思い出した再会