紹介本シリーズ⑥「戦略思考学」(下)

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 前回は、いろんな制約を含むパズル的な問題で、どう解決策を見出すか考えました。

前回の問題について

美由子さん 前回の二問目何もない部屋の天井から二本のひもが下がっていて、片方をつかんでいるともう一方には手が届かない。どうするか」でした。
答えが気になってしかたないんです。

 弱ったな。ヒントは「有るものを活かす、それは人間」でした。しかたない、さらなるヒントです。履いているものを振り子のように使い・・・。

美由子さん アッ、わかりました。それなら手でつかめるわ!
この際、三問目の鉄パイプに入っているピンポン球を取り出す方法も、こっそり・・・。

私 今日の事例紹介に移れないので、真剣に答えを考えているあなたは読み飛ばして下さい。気になっているあなたに小声で話します。ヒントはやっぱり人間の行為で、ずばり「浮力」で解決します。

美由子さん なるほど・・・、だから「道徳的な制約が邪魔をして解決方法は思いつかないだろう」と言ったんですね。

 やれやれ、ほとんどいっちゃいました。では「なまの事例」を紹介します。
美由子さん ハイ、今の答えで体のある感覚も含めスッキリしました(笑)。

そば屋のワイン用ぶどう栽培

 解放的な性格だね!
では、「そば屋がワイン用ぶどうをつくり、経営を改革していこうとする事例」です。

この事例は「取り囲む外部環境の統制不能な事象を、経営内部の統制可能な資源で問題解決していこう」というものです。

美由子さん ごめんなさい。よく呑み込めません。具体的に説明してください。
 わかりました。このそば屋は、長野県飯山市の雪深い地にあり、スキー場で有名な2メートルは超える豪雪地帯です。

耕作放棄地も拡大傾向。通年営業で宿泊できますが、メイン客の冬季学生団体スキー客は減少傾向。

美由子さん わかります。
 この経営者(以後は彼)は、そばを自ら栽培し、そばの品質にこだわり、つなぎも独特で美味しく、テレビで紹介された地域一番のそば屋です。

美由子さん たまたまその番組を見ました。耕作放棄地を経営者が一人で整地して、20haのそばを栽培していると紹介していました。

課題は冬季シーズン以外をどう売るか

私 訪れた冬の学生スキー客がたまたまそば通で、旅行エージェントに話し顧客が増加、経営がしっかりしてきました。でも、冬以外のシーズンをどう売るかという大きな課題がありました。

ここで簡単にモデル的に整理してみます。

統制不能事象(外部要因):信州の豪雪地域という立地。顧客のスキー客は減少傾向。そばの消費動向は停滞。耕作放棄地の拡大。

統制可能行動(内部資源の活用):自慢のそばによる誘客。経営者の研究熱心な積極行動。温泉付きの宿泊施設の活用。

なぜワイン用ぶどうの栽培か

美由子さん 何とかついていけます。統制不能事象である雪深い地ですから、作れる農作物は限られますね。ワイン用ぶどうの栽培なんて無理です。でも、なぜワイン用ぶどうなんですか。
 そこです。それは、彼が統制不能事象である消費動向をまずしっかり見極めたことです。

各種イベントに積極的に出かけてお客様と話すうちに、消費が伸びているワインに注目しました。それも中年以上の女性による消費が中心、との情報を得たのです。

美由子さん 統制不能だから、「見つける」しかないんですね!
 その通り。「そば頼みでは経営がじり貧になって行き詰る」と危機感を持った彼が目指したのは何か。

冬季以外のシーズンも、そばとワインを中心に楽しんでもらい、通年経営を目指すことです。

美由子さん でも豪雪地帯でのワイン用ぶどう栽培は無理でしょう・・・。
 それが、統制不能事象に捕らわれて解決策を見いだせないということです
彼は、周りの全員が無理というこの作物の栽培を志しました
でも教えてくれる人は誰もいない。

栽培技術の習得は

彼は、ある生産者に弟子入りし、一から栽培方法を学ぶ一方、ユーチューブで豪雪でもワイン用ぶどう栽培をしている東北の生産者を見つけます。

興奮して翌朝には始発列車に乗りはるばるその方を尋ね、作り方のヒントを教えてもらいました。

植え始めて今年で3年。試行錯誤の上ようやくぶどうの実がつき始めたので、ぶどう畑を見せてもらいました。その写真がこれです。

 

美由子さん わ~、すごいですね。ホントに雪深い飯山の地ですか。
 ここで、確認をしておくことがあります。この畑はかつて耕作放棄地で、彼がそばを植えていたところです。そのせいで土の養分が出来てきた。

最初、耕作放棄地の地権者たちは土地を貸してくれなかったが、どんどんそば畑に変わるので、貸してくれるようになった

彼は信用を獲得したんですね。それで、統制不能事象の耕作放棄地拡大を「統制可能なぶどう栽培地拡大」に変えることが出来たのです。

美由子さん ということは、「統制不能事象は、統制可能な行動で変えることができる」ということですね。
 そのとおり。統制不能事象でも、時間や困難等を伴いますが変えることができるものがあるんです。それが戦略的な解決策です。大変な情熱が伴いますが・・・。

美由子さん なるほど・・・彼の目指す方向がわかってきました。
アルコールである栽培ぶどうワインを加えることで、地元食材とのマリアージュ(食べ合わせ)により食の魅力を高めます。

そういえば、「そばには赤ワインが合う」と有名ソムリエがいっていました。魅力的な「農業体験型ワイン・そば・温泉民宿」を目指しているんですね。

でも、ワイナリーはどうするんですか。

 彼の果敢なトライを聞きつけて、大手ワインメーカーが協力を申し出ました。再来年には委託醸造で作ったワインが飲めます。後は原料として大手メーカーに売る。リスクは限られます。

以上、彼はワイン用ぶどう栽培はあくまで宿泊客増加のための付加価値商品と位置付けていることです。

美由子さん 今は、飲みたいワインを自分で栽培し醸造して飲むライフスタイルの人たちが増えています。

そこでは、ワインの販売ルートを持っているかが大きなポイントですが、彼は既に顧客がいるのですから、リスクは限られますね。

まとめ

 この事例は、「彼(経営者)が統制可能な行動により、統制不能事象を活用して生存領域を見出していく物語」です。まだ道半ばですが、実現すればオンリーワンの存在になれます。

彼は私に山の麓にある耕作放棄地一帯を指さし、あそこがワイン用ぶどう畑に変われば、遠くからでも眺められ最高の景色だね、ワイン産地になる、と目を細めました。

私が講演で言っている「耕作放棄地は宝の山」を、彼も実践者として共有していると肌で感じた次第です。

美由子さん 「戦略的思考」、少し身近に感じるようになりました。少し長い話でしたが有難うございました。次回はどんな本ですか。

次回の予告

私 今回の事例で、彼がユーチューブを見てすぐに東北まで会いに行った話しをしました。
そこで道が開けたのですが、「誰とどうやってつながるか」など、ネットワークづくりについて役に立つ、大変刺激的な本を紹介します。

美由子さん 人とのつながり方って、パソコンや口コミ・携帯などいろいろありますが、面白そうですね。顧客開拓にも役立ちそうです。楽しみです。

この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川戦略マーケティング研究所所長

1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
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