このひと言・コーナー①『向き不向きより前向き』

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私が今までに影響を受けた、または話して反響があった「ひとこと」を発信していきます。
あなたの気分転換や話のアクセントとして参考になれば・・・。

初回は「向き不向きより前向き」という言葉です。どこで知ったかは忘れました。講演や研修会で時々話して反響があります。
「悩んでいたが吹っ切れた」「まずはやってみることにした」等、文字通り前向きな反応ですね。

記憶に残るある場面

なかでも14年前に話した場面はよく覚えています。
地元小学校のPTA会長として卒業式で挨拶した時のこと。話したことは、だいたいこんな感じでした。

皆さんはこれから中学校・高校に行き進路を決めるにあたり、「自分に向いている職業は何か」、たぶん多くの人が悩むでしょう。

でも人生経験が短い皆さんが悩むのは当たり前です。ならば、悩んでいるよりやってみてまた考えればいい。また、人に相談するなどして前向きに悩めば、相談にのってくれる人が現れます

思いがけない反応

話し終えて、卒業生がどう受け止めたかはわかりませんでした。しかし、ある方たちから反響があったのです。誰なのか・・・。

聞いていた先生方です。数人からいい言葉ですね!との感想がありました。先生方も、自分が教師に向いているのか、悩んでいたのです。

ついに知った卒業生の反応

そして、ついに「卒業生がどう受け止めたかを知る時」が6年後にやってきました。

娘(PTA会長時の卒業生)の小学校からの同級生が、高校卒業の時に小学校卒業式での私の話に触れ、ひと言発したとのこと。

「イズちゃん(娘)のお父さんをリスペクト

6年かかって、この言葉が発酵してきたということでしょうか。
反応が無くても、やがて効果が表れること、「時間の価値」を身を持って体験した瞬間でした。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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