このひと言・コーナー③『ソロで生きる意識を』

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前回に続いて、私が54歳で組織を辞め、大学院で学ぼうと決心する際、強く心に響いた言葉を紹介します。

その頃、作家の沢木耕太郎氏が講演した『ソロとパーティー』という新聞記事と出会いました。

彼は取材中、乗っていた小型飛行機が墜落したが何とか九死に一生を得ました。その時思ったことは・・・「ここで死んでも全然問題なかった」

なぜそう思えたのか。
「常に最高の努力をしてきた自信があり、その場その瞬間を十分に生き切っている感じがあったから」。

それは、「自分一人で全てコントロールできる仕事をしてきたからではないか。集団でする仕事だと最高度の努力をしても生き切ったと思えないんじゃないか」と語ります。

その後、「一人、つまりソロ」を強く意識するようになったのは、登山家の山野井泰史・妙子夫妻との出会いがあったからといいます。

2人でネパールの高峰に臨み、凍傷で手足の指を何本も失いながらも生還した夫妻に、沢木さんは興味を抱きます。

大勢のパーティーによる組織的な登山ではなく、あくまで少人数で一気呵成の踏破を目指し、失敗してもめげない姿が心の琴線に触れました。

夫妻は、企業のリストラについても語り合います。
「リストラされて挫折するのは、ソロで生きてこなかった人たちだね。私たちは立ちすくまないよね」。

そしてこう続けます。
「問題は、ソロで生きていける人たちがパーティーを組んでいるかどうか。パーティーに加わりながらソロで生きていく力を蓄えるあり方は、その人の自由度を上げる」

50歳代半ばで組織を辞め大学院に行き、中小企業診断士としての力量を磨く。そして高い山に登る(付加価値の高いプロジェクトに挑戦する)ため力のある人たちとパーティーを組む。登ったら、いったん解散し、また個人で力量を磨き、さらに高い山に挑む。

これからはこんな仕事の仕方を目指したい、と強く思ったことを覚えています。

今も私の仕事のスタイルは、この延長線上にあります。


※ 「このひと言・コーナー」:私が今までに影響を受けた、または話して反響があったひと事を発信しています。あなたの気分転換や話のアクセントとして参考になれば・・・。

※ 過去のブログ記事はマーケティング本形式の「農業の売れる仕組みづくり」
https://agri-marketing.jp/masayuki-hasegawa-book-summary/
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この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川 正之
アグリフード(風土)アドバイザー

長野県の農産物統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を創設し中心となって推進。また信州6次産業化推進協議会副事務局長として、地域6次産業化を主導。H28年3月をもって任期満了し、地域創生を支援するアグリフード(風土)アドバイザー業務を開始する。長野県内で幅広いネットワークを持つ。現上田市農政課職員。中小企業診断士。
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