無言館のイベントの後

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7月に無言館(上田市塩田:館主は窪島誠一郎氏)で開催したイベントについては、前回のブログに書きました。

“塩田平の田園風景を紡ぐ”と題した「絵画と食を堪能する夕べ」です。
その後、参加したデザイナーの女性(M.Oさん)からこんなメールをもらいました(あらすじのみ)。


長谷川様
こんばんは。

昨日はあのような素敵な空間を案内いただき、ありがとうございました。
またいろいろと皆様にご紹介までして頂き、重ねて御礼申し上げます。

対談された北沢さんや窪島さんのお話には金言がたくさん詰まっていて、ひさびさに脳が覚醒して眠れませんでした。

また、司会に当たり事前に15冊も窪島さんの本を読まれた長谷川さんのすごさに頭が下がります。

無言館の作品も久々に拝見し絵を描く端くれの私ですが、また行かなくては行けない、絶対に残さなくてはいけないと強く思いました。 

東京の友人や編集者さんが遊びに来たりしますので、無言館を守る影の小さな一員として草の根ですが動いていこうと思いました。

近くの前山寺は大好きで、土曜日も東京の友人が来て連れて行きました。
【かけた情けは水に流し 受けた恩は石に刻め】という石碑を見て、きちんとしたお寺だと信頼しております。

塩田平に家を建てて、もう50回ぐらいは行きましたでしょうか。

私は海外を含め200以上の美術展を見ましたが、自分の蒐集品(しゅうしゅうひん)で窪島さんのような空間を作れたら本当に幸せだと思います。

窪島さんの気持ちはよくわかりますが、あのようなとても貴重な空間を長く運営するには長谷川さんのようなお役所の方も貴重な存在だと改めて思いました。
お忙しいと思いますがどうぞお体にお気をつけてください。 M.O
                         
私からの返信メール

M.O 様
メール、有難うございました。
窪島さんと初めて話すには、十冊以上の著書を読み、山本鼎(やまもとかなえ:画家、自由画教育運動を提唱し、窪島さんが本でたびたび取り上げている)の業績を知る必要を感じ、上田市神川小学校にも行きました。

あなたが6年間通学した自由画教育運動の発祥の地、神川小学校には、鼎の言葉が各教室に掲示されており、この小学校の存在価値を私なりに感じた次第です。

窪島さんの書いた文章の中に、「感動に技術的な上手い下手はない」との言葉があり、そうだと思います。

ご縁のあった参加者が満足してくれたのは、参加者がそれぞれ2人の対談を聴き、お互い心を裸にして通わせることが出来たからと思います。

翌日、窪島さんが尊敬する小宮山量平さん(故人・編集者・作家)の記念室に行き、灰谷健次郎さん(故人・作家)の直筆の手紙等を手に取りました。
地元に縁のあった人を知ることは、この地に生きる誇りともなります。

この部屋では、少人数の読書会をコーヒーを読みながらできるとのこと。4~5人で1~2時間、普段会わない人が集まり語り合いましょう。
戦争について、平和について、平気でウソをつく人についてなど(笑)。企画します。

私たちは、心に化学変化が必要で、それは、人と人との語らいの中から生じると思います。その集う場をつくるのが私の役目かなと、還暦を過ぎて思っています。

暑さ厳しい折、お子さまの体調にはくれぐれもご留意下さい。 長谷川                              


改めて、M.Oさんが神川小学校に通い毎日教室で眺め、その後の人生を大きく左右した山本鼎の言葉を紹介します。

「自分が直接感じたものが尊い そこから種々の仕事が生れてくるものでなければならない」


※ 過去のブログ記事はマーケティング本形式の「農業の売れる仕組みづくり」
https://agri-marketing.jp/masayuki-hasegawa-book-summary/
をクリックしてお読みください。お待ちしています!:lol:

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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