ブランドは「死者との対話」から生まれる!

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今、Eテレで放送されている「100分de名著」という番組が面白い。
テキストも発売されていて、4回シリーズの内容の全体像が把握できます。

なぜ私が面白いと感ずるのか。
それはブログでたびたび書いている「商品や産地のブランド化」を考えるのに役立つからです。

この番組は、スペインを代表する哲学者であり思想家であるオルテガの著書「大衆の反逆」をテキストとし、東京工業大学教授・中島岳志さんが解説していきます。第1回目の放送は1回目2月4日22時25分~50分、2回目は2月11日、3回目2月18日、4回目2月25日(お見逃しなきように)。

オルテガの言う「大衆」とは何か。近代特有の「mass man」のことであり、大量にいる人たちのことで、工場で働く人口が地方から都市へ大量に流れ込み、規律的に均質に作業する「平均人」が大量に生み出されました。

彼らは「根無し草」のような自分の拠り所を持たないトポス(ギリシャ語で「場所」の意)なき人間です。この個性を失い群衆化した大量の人たちをオルテガは「大衆」とよびました。

自分の存在を意味づけられている共同体(トポス)を失った大衆は、他人の意見に耳を傾けず、たやすく熱狂に流される危険があるといいます。

そこで、テキストとは離れ私が考えたことを述べます。自分の拠り所であるトポスを持たない大衆が現在の日本にも多数存在しています。ネットという均質な場所に大きく依存する社会が急速に進み、目と目を合わすこともなく、個々がケータイに見入っている大衆。

では、「大衆」から拠り所を持つ「庶民」に転換するきっかけとして考えられるのは何か。その一つは、ストーリー化した産地(生産した場所)を持つ商品の購入です。その産地食品を繰り返し購入し消費することが自らのトポスを見つけることにつながるのではないか。

この食べ物(加工品なら原材料)が気に入れば、育まれた場所に行ってその場で食べてみたい、という欲求が沸き起こることはあり得ます。産地の農家レストランに行く消費者はすでに一定数いるのです。

ならば、食べ物が育まれた場所を拠り所として知覚させるストーリーをつくる場合、現時点だけを見るのではなく、その場所の過去からの歴史、とりわけ名もなき死者たちが何を思い営んできたかに思いをはせることは重要です。死者と対話し一緒につくっていくということは、独自性をつくることにつながると思うのです。

このところ、何回か上田市内で講演を頼まれます。「シルクからワインへ」というテーマで話すのですが、明治から昭和にかけ養蚕製糸業に関わった人物の資料を図書館等で調べるにつけ、世界に目を向け行動していた人物の多さに驚きます。テキストにある「死者と出会い直し共に生きる」という姿勢が大切、ということが少しはわかる気がします。

そこにしかないもの、代替がきかないもの、独自性がブランドを規定します。ならば、「死者と一緒に生きつつ独自性を考える」ことがブランド化に役立つのではないか。

その視点で、前回ブログで紹介した栄村の郷土食のブランド化にも取り組んでいます。
名もなき女衆がいにしえから試行錯誤をしつつ、村独特の食(文化)を作り上げてきたこ
とに敬意を表しつつ。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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