棚田は多様な「舞台」

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それにしても、私のブログにたびたび登場する上田市内の「稲倉の棚田」は、「多様な舞台」だ!

棚田保全委員会と新たに発足したNPO法人が連携して、稲作り等に加えて観光アクティビティ(体験・遊び)にも取り組んでいる。

・オープン軽トラックで棚田を巡る「棚田アドベンチャーガイド」
・ドローンで鳥のように棚田を眺める「イーグルフライトアドベンチャー」
・棚田が織りなす絶景の中、キャンプを楽しむ「棚田CAMP」

など、1年を通じてメニューを開発し、試みている(中止のものあり)。

今回の「ししおどし」祭では、眼下に上田地域を見下ろす棚田の中のイベント適地が吹奏楽団の舞台となった。

取り巻く森や畑や川等によるアンジュレーション(地表の起伏)が醸し出す音の響きは、ここにしかない希少価値を持つ。

コロナで満足な練習が出来ない楽団員にとって、こんな自然の中で演奏出来ることは望外の喜びであった。

曲目「風になりたい」では、重なり合う楽器の音も風と戯れ嬉しそうだった。

オカリナの演奏では、絶景を背景に、単色の音色がこだましてのびやかだった。

聴く方も、夏の山裾の風や陽の光を感じ、奏でる音色と景色を併せて味わえるぜいたくなひととき。

コロナの時代は、「自然」が舞台だ
棚田で軽トラが走りまわり、ドローが飛び、キャンプで会話が弾ける。音楽や演劇もいい。

都市から田舎の自然空間への舞台シフト。
自然環境を破壊し、ウイルスの住みかを奪い迫害してきた人間が、その舞台に立ち何に気づくのか、試されている。

もちろん、「舞台に立つのは、私であり、あなた」である!

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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