青虫に感謝

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昨日の朝、妻が庭の畑のトマトの枝に青虫がついていると言ってきた。見に行くと、大きい。

いつもなら、葉っぱをかじられるのですぐにどかしてとなるが、可哀そうだからそのままで、という。どうしてそんなに優しい感じで言うのか。私にはすぐ見当がついた。

今年の我が家の家庭菜園には、キュウリ5本、ゴーヤ2本、トマト5本、ナス3本、オクラ2本、モロヘイヤ1本、スイカ4本の苗を植えた。

大雨や日照りの繰り返しで、人間には苦痛を伴う天候であったが、野菜等はどれも豊作で、とれすぎて困っている。

とりわけスイカは、ミツバチの活躍で大豊作。好きな私は、甘いスイカを食べ放題。

残りの多くの野菜は近所や友人他にあげている。別に栽培には手をかけず、ほったらかしにしていたのだが(有機無農薬)・・・。

毎朝のウォ-キングで目にする他の野菜畑は、枯れた姿が目につく。

我が家の野菜はまだまだ元気。しばらくはとれ続けるだろう(スイカは終わり、次の作物のための土づくり中)。

昨年は不出来だったので、妻と思案し土づくりに気を配った。こまめに耕運機で耕し、いい土が出来たということか。

たぶん、見つけた大きな青虫は、「害虫」ではなく「守り神」として我が家の野菜が育つのを見守ってくれているのではないか。

その後、とれたてのトマトを塩で、キュウリを味噌でシンプルに食した。甘くてみずみずしくうまかった。心で青虫に感謝。

青虫のおかげで、妻とは久しぶりに何日かは平穏に暮らせそうだ、と思うのだが・・・。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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