今こそ、農業経営塾!

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【コロナ禍の今、夜間の農業経営塾がスタート】
先週から、飯山市主催の農業経営塾がスタートした。

19時~21時の夜間で、塾長はご縁でメイン講師の私。
自ら行動するための”塾であり、塾生のやる気が全て。

全6回、うち2回は農業者他の外部講師の話を聞き、ディスカッション。
最後は事業計画を作り発表し、行動宣言をする。

暑い夜が続き、かといえば大雨落雷。はたして、塾生は集まるのか?
ゼロならどうしよう。

と心配したが、市役所職員の尽力もあり初回は20人以上が集まり何とかスタートを切れた。今後、何人残るかわからないが、最後までやりとげたい。

多分、この時期、日本で夜間の農業経営塾をやっているのは滅多に無いのではないか・・・(ひたむきに、ふるさとへの愛と自らの誇りを持って取り組むのみ)

 【フェイスシールドは初体験】
飛沫感染防止のため、フェイスシールドを着用して話す。慣れるのに少し時間がかかったが、やむをえまい。

過去、講演や授業は何度となくやってきたが、この姿でやるとは昨年までは全く想像だにしなかった。

密を避けるため席をあけ、こまめに休憩時間を取って空気を入れ替え、何とか終了。 やはり、リモートではなく、マスク越しでも実際に会って話をするのが一番と感じた次第。

【コロナ禍で食事が変化】
コロナの時代、飲食店での食事が激減し、自宅での家飲みや食事が増加。

さらに、“巣ごもり消費”というEコマース(電子商取引)などのネットでのショッピングやゲーム・動画・映画等を楽しむ新たなトレンドが注目されている。

大きな変化の時代にあって、「消費者志向の生産者ほど業績が良い」というデータによる事実を認識し、しっかりと若い生産者たちが食と農をつなげて欲しい。

生産者が身に付けるべき「消費者の食べたいものを作る」というマーケティング志向は、消費者の「モノからコトへ」の価値観の変化を理解することだ。

コロナ禍で食事のシーンが大きく変わり、流通も変化している。

改めて生産者は、食物(モノ)よりも食事(コト)に関心を持たねばならない!

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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