「馬とネギ」の経営戦略を解説

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前回のブログ「馬とネギ」について、いくつか質問や感想をもらった。
そこで、主人公H.Kさんの経営戦略を私なりに解説しておきたい。長くなるが読んでもらえるならありがたい限り。(前回ブログ「馬とネギ」参照https://agri-marketing.jp/2020/09/12/post-9550/)。 

1.「馬とネギ」のあらすじ
(1) Kさんは68歳で自営業(プレス加工)を辞め、近くのラーメン店向けにネギづくりを始めた。柔らかくて甘いネギを注文され、品種を試し作り方もネギ専門農家に聞き、試行錯誤の結果、お客さまから高評価を得る。

かつて自営業時代、不良品発生は即取引中止になりかねず、相手ののぞむものを必死に作っていたことと通ずるものだ。 Kさんは、一日中畑に出ていて、朝晩、電話で注文があればすぐ畑に行き持って行く。

(2)Kさんは乗馬クラブに入っていて、孫や近所の子供を馬に乗せるのが大好き。馬糞は自由に 手に入り、畑の土作りに大変役立っている。 Kさんは、乗馬クラブの大学生たちにラーメンをおごるのが夢。ネギが美味しいといってもらうのが生きがい。

食べてもらう前日Kさんは急逝したが、学生たちは社会人になってもこのラーメン店に集まり、一緒にネギを食べるのが恒例となっている。

2.戦略検討シートで考えてみる
この話を私が使っている「一人から始める経営戦略」検討シートを用いて考えてみたい。
本人は自身の経営戦略を自覚していなかったと思うが、参考になる事例と思い私が整理したもの。

主な記入項目は、戦略本でベーシックに出てくる項目に私なりの項目も加えてある。 ① 「今までの生き方・スタイル」 ②「使命」 ③「方法論」 ④「経営理念」 ⑤「機会脅威」分析 ⑥「競争相手」分析 ⑦「強み弱み」分析 ⑧「事業の再定義」
では、早速Kさんの「馬とネギ」の事例を当てはめてみよう。


①スタートは事業者の【生き方・スタイル】を位置づけること。Kさんの生き方は「愚直に求められるものを作り、満足してもらうことが嬉しい」ではないか。 Kさんの人生において、プレス加工業者として求められる部品を間違いなく作ること、ネギ生産者としてはお客さまに美味しいと言ってもらうこと、には一貫性が感じられる。その生き方を肯定的に捉えたい。

② その生き方から、事業の【使命】は「人に喜ばれるものをつくる!」とした。 事業を行う熱い思い=エンジンが、朝から晩まで畑で農作業をする源であろう。

③ また、人は個性があり【やり方・方法論】も違う。「凝り性で根気よく農作業をする 人に聞いて即試す」のがKさんだ。 私は各自のやり方、考え方やクセを活かしてこそ個性的な事業展開ができると思っている。

④以上から、事業遂行の「根本となる考え方」としての【経営理念】は、「ネギで幸せづくりに貢献します 馬と人のつながりを大切にします」と整理してみた。 ここがしっかりしていないと事業はあやふやになる。外部環境の変化に翻弄されかねない。何をすべきかを見定めるには「経営理念」が不可欠である。

ネギはラーメンと出会いお客様を幸せにする、馬と人との出会いやつながりを大切にする、というのがKさんの基本的な考え方。

⑤ 小規模生産者のKさんにとって、「近隣にネギを多く使う飲食店がある」は、大きなビジネスチャンス【機会】だ。ネギは、店主がこだわらなければ、卸からでも自由に手に入る【脅威】。 機会(チャンス)を自らの強みでゲットできるか、ここが肝心。

【競争相手】だが、同じ「地域の小口ネギ生産者」だろう。実際に誰がいたかはわからないが、 Kさんには競争優位性があったということ。自らの強みで相手に勝てるかどうかが分かれ目。 

⑦ さて、一番考えなければならないのは自らの【強み弱み】である。ここでは、【強み】として「店から注文があればすぐ届ける」と「馬糞を自由に使い土づくりに役立てられる」をあげる。【弱み】は、「年齢も高齢であり一人でやれる範囲は限定的」ということ。絶対的な強みなどはない。

どういう条件下で戦うかで、相手よりも優位な特徴を持っているかどうか。 逆に、自らの特徴を活かせる「戦う場=商売をする場面」を設定できれば、強みとなる。Kさんは近くにラーメン店があり、こまめに動き届ける性格を活かる場があったことが強みとなった。 

⑧ 他事業者と違うユニークな事業を行うには、【事業の再定義】が欠かせない。「ラーメン店で味わう幸せ提供業」としてみた。 Kさんは、ネギを生産し届ける事業ではなく、ラーメンを食べるお客さまに美味しいと言ってもらうためにネギを作っている。「店で食べて美味しいという幸せ」を提供しているのだ。 いろいろな方向から考えてみることを勧める。

よく出る再定義の事例は、緑茶事業。 ふつうは、「茶葉を売る茶葉ビジネス」だがユニークな再定義をすると・・・ 急須でお茶を飲む目的は、水分の補給か?ならばペットボトルのお茶でいい。それよりも、お茶を飲んで安らぎたいからではないか。
ならば「安らぎ提供業」、または「リラックス・ビジネス」と定義したらどうだろう。お店は音楽や壁紙等にこだわり、和菓子をセット販売する等でガラッと変わる可能性がある。

以上をシートに記入し相互に関連して検討してみる。 そこから、Kさんの具体的なマーケティング戦略を検証する。主なマーケティング戦略項目は、【戦場】【独自資源】【強み差別化】【顧客ターゲット】【アピールメッセージ】。これは、マーケティング戦略の第一人者・佐藤義典氏の考え方を参考にしている。

【戦場】は、「近隣のラーメン2店舗」。Kさんが勝ち易く、強みを活かせる戦場として最適である。 【独自資源】は、強みを支え競争事業者にないものである。Kさんの場合、「乗馬クラブ所属で馬糞を自由に使えること」(クラブは処理に困っていた)、モノ作りでは「凝り性で生真面目、マメな性格。 気楽に教えを乞う性格」。

【強み差別化】は独自性で、顧客がほしがるもの。栽培・生産・販売方法等で、「馬糞による土作りやネギ専門家に教えてもらった栽培方法等で柔らかくて甘いネギ」生産品を提供。さらに販売では「いち早く直接届けること」を実現している。学生に食べて欲しいというモチベーションもある。

価格は、直接単価アップを交渉するのは苦手だ。プレス加工時代、単価アップを言い出して取引を切られた苦い経験がKさんにはある。しかし、店主はネギの品質がいいのを評価し自ら市場価格よりも高めに単価アップをしてくれた。

文句を言わず取引を続けてくれることに報いたいと思ったとのこと。相手に思い切っていえない、という弱みは、長期的には相手の信頼を得て強みになったともいえないか。

【顧客ターゲット】は、「ラーメン2店舗のお客様」。 【アピールメッセージ】としては、学生たちが名付け口伝えとなっている「馬さんありがとうネギ」。

3.これらの戦略は無理がなく一貫している!
以上は研修会でやっている簡単な導入事例だが、全体を基本的に見ていくと、戦略には無理がない。その人ならではの生き方や考え方・行動が貫かれている(事例にはフィクションもいくつか入っているが)。

今回の解説編は、今までのブログで一番長くなってしまった。それには訳がある・・・
最近の研修用に簡単な事例を探していて、ふっと思いついたのがH.Kさんという小規模なネギ生産者の事例。

もうじきKさんの命日なのを思いだし、書き出したところ長くなってしまった。15年前の記憶をたどったが、その時一緒に馬糞を畑に運んだ軽トラックは、今も私が乗り継いでいる。

H.Kさんとは、私の亡き父である。

この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川戦略マーケティング研究所所長

1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
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