視察と着想

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 3

先ごろ、棚田の視察に関わった。

同じ「日本の棚田百選」で飯山市にある「福島新田」に視察に行き、2ヶ月後、逆に飯山市から上田市・「稲倉の棚田」への視察を受けた。

一般に、上手くいっている視察先に行くと、パンフレット等の資料を説明してもらい、関連施設をまわり関係者と質疑して終わり、ではないかと思う。

悩んでいる共通事項があれば“同じだ”と納得・安心し、上手くいっていることは“自分たちと置かれた条件が違うから”と自らに言い訳して、結局は持ち帰る発見や気付きは少ないのが往々にしてあるパターン。

今回は、先方がいろいろ聞きたいことを事前に整理して交流し、効果的な視察であったと思われる。

そこで、「先進地視察時の着眼点」について考える。視察に行って「自らに問うクエスチョン」だ。

【着眼点1.成功の背景にある本質は何か】
棚田維持の担い手は、高齢化しており同じ悩みを持っている。

が、福島新田からの視察者は、稲倉の棚田が外からの若い人材を求め、「地域おこし協力隊員」として受け入れ貴重な戦力として活躍していることをつぶさに見て、刺激を受けたようだ。

「稲倉の棚田」が問題を抱えつつも上手くいっている本質的なところは、ボランティアの地域住民と外からのやる気ある人材が上手く融合し、お互いにカバーし合って「共同体」を形成し取り組んでいることではないか。
そして、その共同体をまとめる「長(おさ)」が存在し、合意に導いているのだ。

 【着眼点2.先進地にできなく自分たちにできることは何か】
上田市の稲倉の棚田は、眺望が素晴らしく、その立地を活かして棚田米や酒米のオーナー制度、棚田CAMP、ししおどし祭り(イノシシの被害回避の祭り)他で外からの人たちを引きつける。

一方、福島新田は、比べて眺望はあまり期待できない。

しかし、独特の歴史を醸し出す石積みの棚田で、水車小屋やそば打ち施設があり、「そば」という信州の代表的な伝統食が体験できる。互いにないものを確認し合うことが重要だ。個性に気づき磨くことが大切。

【着眼点3.成功事例の逆を行く方法は何か】
上田市の稲倉の棚田は、上信越自動車道菅平インターチェンジに近く、車で東京から3時間はかからない。

稲倉の棚田を目当てに眺望を含め充分楽しみ、市内を回ってその日のうちに帰れる。「日帰り型棚田」といっていい。チョット時間ができたら行ける存在。

対して、飯山市の福島新田は、東京から豊田飯山インターまで3時間30分程かかり、そこから結構時間を要す。日帰りで行くには遠い

ならば、「飯山を楽しむツーリズム」の一環として、日帰り型に対して「宿泊型の棚田」として位置づけたらどうか。

宿泊セットなら、食観光の地域資源が活きる。戸狩温泉や鍋倉高原、寺や神社巡りほか、飯山盆地の多彩な四季と相まって充分楽しめる。

【差別化は、その地にしかないもの「美味しい飯山のお米」】
何より、お米が美味しい。米・食味分析鑑定コンクール国際大会で毎回飯山の米生産者が金賞を受賞しており、長野県の中でも飯山の米の評価は特出している。

首都圏から来て、福島新田の清涼な空気を吸い農作業を手伝って、この地の美味しいお米のおにぎりや漬物を食す。

こだわりたいのは、福島新田のお米を昔ながらの釜で炊いたご飯やおにぎり(私も食べたが美味しかった!)のおもてなし。飯山のお米が大きなキーになると私は思う。

さらに、夜は地元酒蔵の日本酒をたしなみつつ伝統的な「富倉そば」を味わい、温泉に浸って一泊する。ぜいたくな人生の癒やしの一時・・・。

地域のそば打ちの会の方々や、民宿や温泉の関係者、無農薬有機野菜の生産者等の志ある方たちと連携すれば、上田市稲倉の棚田とは違う方向を打ち出せると考える。飯山市役所がその接着剤となって欲しい。

私は、さらなる飯山と上田の交流を思案している・・・

一つの糸口は、飯山市の重要な文化資産・正受庵を興した道鏡慧端は、松代城主真田信之(幸村の兄)の子で、飯山城にて出生したと伝えられている。

飯山と上田は「真田」で昔からつながっている、のだ!

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加