大晦日、今年を振り返って

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今年は突然のコロナ禍下、あなたはどんな1年でしたか。
この1年で書いたブログは54回。ほぼ一週間に一度の頻度。まあ、何とか歩んでこれたと思う。

【この一年で感じたこと】
コロナウィルスが世界に広がり始めた4月、イタリア人作家パオロ・ジョルダーノ著「コロナの時代の僕ら」が世界27カ国で緊急刊行され、私もいちはやく読んだ。

彼の問いかけは、「コロナの時代、何を守り、何を捨て、僕らはどう生きていくべきか」である。この素朴で根源的な問いが、今世界の多くの人たちの心に響いている。

長野県上田市で仕事をしている私は、「コロナウィルスで首都圏から地方へ人口がシフトする兆し」を早くも4月に感じている。

市内の棚田オーナー制度に首都圏からの応募が殺到し、その動向が気づかせてくれたのだ。

いま人々に、見えないコロナウィルスを包み込む大自然の下へ行き確かな生き方をしたい、という願望が湧き起こりつつある。

密の首都圏から自然豊かな疎の地方へ」という流れが少しずつ始まっているように思う。

【多くを気づかせてくれた本】
この一年間読んできた本の中で、大変得るところが大きかったのは、内田樹著「コモンの再生」

コモン=「共同の、公共の、共有地、公有地」という考えをもう一度取り戻そうという主張。公共を再構築する手立てを説く。

生産性向上や効率化で私利私欲を追求する資本主義は自分だけよければいいという個人主義と化し、「公共」を劣位にしてしまった自覚を持つことは重要だ。

その「公共」の大切さは、特に欧州の「水道の民営化」による問題発生が契機となり、再び公営化への動きが市民運動を起点に始まっている。

公営から民営へ、そして再び公営化へ。岸本聡子著「水道、再び公営化!」に詳しい。自治体と民営化の問題は、大阪都構想の論点でもあった。読むことを薦めたい。

最近の気候変動による甚大な災害は、人類の経済活動が地球に与えた深刻な影響の結果もたらされたものである。

さらに森林破壊でコロナウィルスが住みかを失い、人間の体内に移り住んだことで環境破壊は決定的となった。

この気候危機を脱成長経済で解決しようという処方箋を示した本が斎藤幸平著『人新生の「資本論」』
いま注目の33歳、気鋭の学者だ。私も読んで大変触発された。

最後に、こんな危機にありながらも政治に主体的に関わろうとしない日本国民に対して、「自分ごととして多様な他者とともに何とか社会を続けていく方法を模索しよう」と主張するのが中島岳志著「自分ごとの政治学」だ。

民主と立憲の対立、左派対右派の対立の無効化他、気づかされる内容が随所にある。

【心に刺さったフレーズ】
記憶に残る言葉も、断片的だが記す。内田樹編「ポストコロナ期を生きるきみたちへ」の中の平田オリザさんのことば。

会話と対話は違う。会話は親しい人同士のおしゃべり、対話は異なる価値観を持った人同士の価値のすり合わせ」。

SNSでの「イイネ」は会話での同調と思うが、こればかりだと対話が「面倒くさい」となり、異なる価値観のすり合わせによる新たな発想や行動が生まれにくい。
密は避けつつ、対話の場を意識的に設けよう。

もう一つ。ネットで見つけた内田樹×平田オリザ対談での「人口減少社会」をテーマに語りあう中で出てくるフレーズ。

「急激な人口減少の中で新しい動きは、たぶん中央の統制の利かない地域が勝手なことを始めるという形で生まれてきそう」「それは、女性が始動していく形の運動になるだろう」

私の周りには、その流れの具体的な動きが出てきていて、その通りと思う。

【新たな出会い】
3月以降は、私もコロナで活動が制限されたけれど、新しい方たちとの出会いも多くあった。

とりわけ、飯山市で夜間に開催された飯山農業経営塾の塾生たちとの出会いである。修了した塾生たちに向けて話す。

思いのほかの15名が修了したが、塾生に期待したいのは、「こだわりの農業」である。HPを設置し、土づくりや農作業をしっかり消費者に伝えていく。

無農薬や無化学肥料で栽培する現場を動画(ユーチューブ含め)で作業工程ごとに発信する。周りの自然の素晴らしさと一緒に。

それには、学ぶこと。自分で学習したり塾生を含めた「仲間と共学」する。これはという人に教えてもらうつながる力だ。

飯山という地を共有地と認識し、各自が耕作地を分担していると思えばいい。

生産者が丁寧に作る農産物の価値を消費者に直接伝える。価格も直接やり取りし納得してもらう。流通過程のコストは見えにくい。ならば直接やり取りする機会を探そう。

ちょっとしたご縁を大切にすることだ。私が最後の講義で話したことば「やってみなければ幸運にも巡り合えない!」。
来年、どこかで会いましょう。

【今年最後のご挨拶】
以上、長くなりましたが、コロナの時代は、新たな価値に気づくとき。 

これまでのつながりを大切に、来る年もどうぞよろしくお願いします。   

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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