直売所は日本人の心の拠り所

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最近、市内の直売所関係者が集まる会議があり、そこでの出来事をあなたにつぶやきたい。

会議では、農産物直売所の課題について話していた。

直売所会員(生産者)の高齢化と担い手不足、直売所間の情報交換、会員の農薬適正使用や生鮮・加工食品の適正表示の徹底、従業員の教育や人員確保他。 

議論が少し途絶える中、いつも会議をリードするベテランの直売所運営者が口を開いた。

この「直売所会員(生産者)の高齢化と担い手不足」の課題について、「近頃考え方を変えたんだよ」と話し始めたのだ。
どういうことだろうとメンバーは聞き耳を立てる。

かれは淡々と話し続けた・・・

「オレのところの直売所には、90歳前後で頑張っている生産者がいる。その歳で現役で仕事をし、収入を得ている。そんな仕事は農業以外には滅多にない。

見ていて、人間がどこまで働けるか挑戦してほしい、と応援する気持ちになったんだ。」

高齢化、担い手不足と悩むのではなく、直売所が90歳代という新しい世代の農業者を作っていきたい、と歯切れよく言い切った。

聞いていた参加者は皆うなづいている。90歳代で元気に働いている、稼いでいることは素晴らしいことではないか。

そこには、競争による格差社会ではなく、根を張って生きる人たちを尊敬する社会がある。元気で長生きしている現役のおじいちゃん、おばあちゃんの作った農産物を食べてみたい、と評判を呼ぶに違いない。

バーチャルな社会が拡大していく一方、地方で大地と共に手仕事によるリアルな生き方をしている人たちが注目されている。

当たり前に昔から引き受け次世代に引き継いでいく「日本人の心」は、日焼けした顔にしわが刻まれた農業者に確かに宿っている。

そして彼らは「嘘・隠ぺい・改ざん・破棄など」とは無縁だ。そう、お天道様が見ているから

直売所は、長生きする人たちを応援し、「日本人の心」をつないでいく拠り所なのだ。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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