大相撲の土俵は信州産!

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あなたは、大相撲の土俵が信州産であることを知っていますか?

長野県飯島町の合同会社「南信州米俵保存会」が2018年11月の九州場所から大相撲の土俵に使う俵作りに携わるようになった。

それまで手がけていた埼玉県の職人が引退し、保存会代表の酒井さんに声がかかったのだ。

その酒井さんとご縁で行き会い、飯島町に伺った。
では、なぜ酒井さんに土俵づくりの声がかかったのか。

【声がかかった理由は米俵マラソン】
酒井さんは隣町から引っ越してきた「よそもの」で、趣味はマラソン。

そこで、彼の柔軟な発想で思いついたのが米とマラソンだ。
飯島町はその名の通り米作りが盛ん。ならばと有志で米俵マラソンを企画し、4回目となる2016年には参加者800名、協賛企業100社超に拡大した。

米俵を担ぐ部門は、5㎞、10㎞を米俵1㎏、3㎏、5㎏を選択して担いで走るが、なぜ大勢の参加者となったか。
それにはちゃんとインセンティブ(意欲を引き出す刺激)があった。

まず、担いだ参加者は全員米俵(飾り用)がもらえる。そして、なんといっても完走者は担いだ重さの飯島産米をゲットできることだ。

参加費用はそれなりにかかるが、みんなで米作りを応援したいという一体感が味わえ、充実した体験となり、全国から集まるのも頷ける。

この米俵マラソンの米俵や、わら細工製作の実績が日本相撲協会の目にとまり、土俵づくりを任されることに。

【土俵づくりはわらづくり】
俵のわらは、コシヒカリなどより2倍ほど長い地域の古代種「白毛もち米」。

わらは太くて柔らかく加工しやすいので、丈夫で美しい土俵を作ることができる。

わらはビニールハウスで1週間天日干しし、長方形に編んだ「こも」の状態で納品。
隙間ができないように仕上げるのがポイントだ。


相撲協会の呼び出しが土や砂を詰めて土俵に仕上げる。保存会員8名での請け負い。

ここで酒井さんは「白毛が白星に、もちのねばりが力士のねばりに通じ、土俵にふさわしいストーリーがあったのです」と目を輝かして語ってくれた。納得!

酒井さんは、「土俵のほころびでケガにつながらないか、命がけでやっている」と吐露する。

【ポイントはわらの確保】
何といってもポイントである「白毛もち米」の稲は、通常よりも丈が長く倒伏のリスクが高い。


土がつかない(負けない)わらは縁起な良いが、来年も同じような良質な稲わらを確保できる保証はない。

酒井さんは、「わらにもすがる思い」と笑いながら答えた(が、目は笑っていなかった)。

【わら細工も魅力的!】
保存会は、わら細工を通して地域活性化と稲作の振興に貢献することを目的に活動している。

伺った飯島町の工房では、「ねこつぐら」をはじめ、いろいろなわら細工が作られていて、魅力的だ。後継者育成も目指している。

日常的にわら細工を目にすれば、稲作文化が日本人の心の基底にあると実感できる。

慶事や行事で、水引とセットで作られた飾りなど心が厳かになるし、清新な心持ちになる。

もっと日常的に身につける飾りがないものかと思っていたところ、工房でカバンにつけたいものが見つかり躊躇無くゲット。

なぜそのような行動に出たのか自らに問えば、私が食事で糖質制限を心がけているからだ。

米の消費に貢献しておらず、稲作文化と疎遠になっている、という日本人としての負い目からではないかと思う。

それはさておき、日常的にわら飾りを目にすることで、精神的な安定をもたらすことを期待したい。

今回、酒井さんとなぜつながったかは、土俵と直接の関係はない。

彼が仕掛けるもう一つの「わらの利用用途」があり、上田産の「わらとある農産物」とつながる試みであり、私たち上田市にとっても魅力的だ。

それについては、次回に書く。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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