コロナ禍、つけばの季節

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先ごろ、少人数で千曲川沿いのつけば小屋に行き、魚料理を食した。

あなたは、「つけば」をご存じ?
私は、小さいときから目にしていて当たり前だが、この地域独特の風物詩らしい。

ネットで調べてみると・・・

つけば漁は、徳川時代から始められた長い伝統を有する漁法。

つけばとは、はや(うぐい)の産卵習性を利用し、天然産卵床に似せて作った人工の産卵床のことで、今日の形式が確立されたのは、明治中期。

この漁法は、群馬県で、一、二箇所、長野県下でも犀川、高瀬川などほんの数本の川でしか行われていない珍しいもの。

最も盛んなのがこの千曲川水系の上田地域である。

鯉西さんのつけば小屋からは、一昨年の台風19号で破損し今年4月に復旧した赤い別所線の鉄橋が臨める。なんとも嬉しい千曲川の光景だ。

着くと早速、お目当ての鮎を頬ばる。塩焼きや唐揚げ、山菜の天ぷらなど、ずいぶん食べた。

そしてまた、鮎の骨酒がその香りで飲み手の緊張を解きほぐし、胃に染み渡って食を促す。

この地域の河で獲れた魚をこの地で食べる「地産地消」を堪能する。

しばしコロナ禍で、広域移動が制約される中、この地の食の豊かさを貪欲に体感したいと思っている。

知らないこと、行っていないところはまだまだ多い。この際、仲間と情報交換しつつ夏にかけてアウトドア中心にアクティブに行動したい。

あなたも是非、鯉西さんのつけば小屋に行ってほしい。
千曲川の河風や川音を感じながら、鮎の塩焼きや鮎の骨酒等を味わおう。


コロナ禍だからこそ、この地独特の風物詩を「五感で堪能」してみませんか。

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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