「教育とは」-この人は凄いぞ!(上)

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新年、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

今年のブログのスタートは、年末から読み始めまだ終わらない本(何しろ526頁の大著)の主人公の話。

この厚さを読むのは何十年ぶりかな(ホントに)。そして、新年第一回目に書きたくなった。

【主人公の紹介】
主人公はナント浄土宗の僧で、渡辺海旭(かいぎょく)上人。
明治から昭和前期にかけて大活躍し、享年62歳の生涯(大僧正)。

知っている人はいないでしょう(当然、私も)。
新年早々、いきなりお坊さんを取り上げる、マジで?とツッコミが入りそう(笑)。

浄土宗って?シラン、という人も多々おられるかと。でも、ご縁と思って読んで欲しい。

私は浄土宗の菩提寺・西念寺(坂城町)で総代を務めており(信心深さと相関があるかは?)、ご住職からこの方を教えてもらったのだ。

なぜか“心がざわつき”そっこく通販でこの本を購入。
読み進めて感じたこと!この人物は“すごい!”のひとこと。

人物のスケールの大きさは、私が知る限り抜きん出ている、ホント(私の心のざわつき=直感をほめたい)。

10年余のドイツ留学で世界を知り、幅広い分野の人たちと交流。器を拡げた(と思う)。

仏教学者(宗教大学、東洋大学教授)・社会事業家(浄土宗労働共済会設立)・教育者(芝中学校校長)であり、強烈なエネルギーを発し続けた実践家であった。

この本の中から、私の心がパッと明るくなった2つのエピソードを選んで、今回(上)と次回(下)に分けて簡潔に書く

お坊さんとして“桁外れの方”を感じてもらえれば。
ここからが肝心なところだ。読み手のあなた、ガンバレ!

【コピーライター(文案家)の才覚】
海旭上人が芝中学校校長を引き継ぐ際、前校長とこんなやりとりをする。

海旭校長「僕には、かねてから少年青年教育に考えがある。僕は教育はだと思う、四つのLであると思うんだ」

前校長「なんだって?君はいつも僕を驚かす。卍って、梵語で仏教のめでたい印だよな。」

「でもそれがなぜ四つのLなのか、さっぱりわからん」

海旭校長「いいか、卍を分解するとLが4つできるだろう。紙に図解してみるよ」

前校長「なるほど、確かに4つのLだ。こいつは驚いた!」

海旭校長「4つのLとは、Light(光明)、 Love(愛)、 Life(命)、 Liberty(自由)のことだ」

「Light(光明)と Love(愛)をもって人格を陶冶する」
「Life(命) で生活を充実させ、 Liberty(自由)をもって高遠なる理想の実現を目指す」

「これが教育の根本というものだ」

このユニークな「卍=4L教育論」は、自助自発の人間づくりを目指す「遵法自治」であり、芝中学校の校訓とされ今に引き継がれている。

私は、卍 ⇒ 4L の発想には心底マイッタ(カナワナイ)。そして大拍手。
今の一流コピーライターでも思いつかないかと思う。

【他にも生み出したコトバがある】
さらに、芝中学校で提唱した「3Sクラブ」は慈善活動サークル「Shiba Social Service Club」の略。

「4L」「3S」にしろ、頭文字を分かり易く標語にして生徒たちの行動を喚起するのは、マーケティングという言葉も無かった時代希(まれ)な才能の持ち主だ。

マーケティングに関わる私にとっては(僭越ながら同業者意識が少しある)、時代を超えて正直スゴイと思う。

また、当時呼ばれていた慈善事業や救済事業に対し、海旭上人は「社会事業」ということばを造語した。

本邦初の乳酸菌飲料を「カルピスと命名したことでも知られる。

10年余のドイツ留学の体験が日本にて発酵し、学僧や教育者におさまりきらない存在となっていく。

法然上人が開祖の浄土宗に、戦前こんな僧がいたとは。イヤ~マイッタ。そして感動!

あなたには長い文章を読んでもらい感謝。

次回は、教育者としての“心に響く海旭上人”の行動を紹介する。ご期待下さい!

この記事を書いた人

長谷川 正之
アグリフードビジネスアドバイザー

□1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、長男としての責任を感じ故郷・長野県の農林系金融機関に就職。在職中は、融資や資金証券運用業務ほかに携わる一方、企画業務では「中小企業診断士」の資格を活かし経営戦略(経営理念の策定含め)を立案し事業展開を図る。54歳時に、「上司の顔より真理の顔を」という言葉に出会い、「ソロで力量を磨き、パーティーを組んで更に高い目標に挑戦していく!」意識を自覚。思い切って選択定年で退職。
□55歳で一念発起し、政策研究大学院大学政策研究科まちづくりプログラム(修士課程)に学び、ダントツの高齢者ではあったが無事「公共政策修士」を取得。 
□56歳で長野県庁の民間登用試験を受け、任期付職員として採用(課長級:農政部農産物マーケティング室企画幹)。県農畜産物の統一ブランド「おいしい信州ふーど(風土)」を玉村豊男氏と共に創設し普及。6次産業化推進や「信州ワインバレー構想」策定等にも関わり、任期満了につき退職。
□61歳で上田市農林部農産物マーケティング推進室・専門員に採用。「発酵で輝く上田のまちづくり」を提唱し、民間の「信州上田・発酵の女学校」等の設立を支援。上田市の統一ブランド「信州上田なないろ農産物」を創設し、地産地消を強力に推進。講演では「尊農上位論」を熱く説く。現在、ながの農協非常勤監事も務める。
□地域活動として、地元小学校PTA会長、さらに当時の小学校連続殺傷事件発生に際し地域で自主防衛すべく歴代PTA正副会長会(ビーナス会)を組織し現在会長。「地域の子どもは地域で育てる」を合い言葉に実践中。春・夏休みには、町内児童館で本の読み聞かせを楽しく行っている。
1995年阪神淡路大震災時には、友人の落語家や中学同級生たちといち早く復興支援寄席を開催。以降、高齢者福祉につながればと坂城寄席を継続開催中(現在休演)。地区の自治活動にも積極的に関わり、来年は区長を担う。コロナ禍や自然災害多発のなか、自治会(区会)が自治体(町行政)を構成する確かな「共同体」の仕組みを作りたいと意欲を持つ。
今後、「中小企業診断士」「公共政策修士」の知識・経験を活かし、さらに地域に貢献したいと前を見すえる。紆余曲折の人生のなかで培った多彩な人脈が自らの強み。
□趣味は落語鑑賞。好きな言葉として 「上に立つより前に立つ」 「スピードが感動を呼ぶ!」「笑いで輪(和)来!」「他人の言葉を気にして生きるには人生は短すぎる!」。
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