今までの「発酵の女学校」を振り返ってみる!

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前回のブログで、「信州上田発酵の女学校第三期卒業式」について書いた。

ここで、教頭の役割として、次にステップアップするため、簡単に一期~三期(2019年12月1日~2023年2月16日)を振り返ってみたい。

【女学校創立前史】
上田市と長野県が「全国発酵のまちづくりネットワーク協議会」に加盟していた関係で、2018年11月に「全国発酵食品サミット」が長野市で開催されることになった。

そこで、上田市に勤めていた私は、上田市内の杜氏2人+甘酒醸造責任者1人+味噌ソムリエ1人の素敵な4人の女性に声をかけ、「うえだ発酵四姉妹」というユニットを結成。

サミットでの4人の「発酵の魅力」トークショーが好評で、上田市のPR活動に呼ばれたり、4蔵の発酵調味料を用いた発酵弁当「艶御膳」を創作・販売したり、活発に活動していた。

しかし、4人のうち一人が活動に関われなくなり、潔く発展的解消となったのである。

意気消沈していた私に・・・突然、朗報がもたらされた!

【第一期(2019.12.3~2020.9.30)女学生11人】
というのは、地元女子大生たちから「発酵の基礎を教えて欲しい」との要望があり、ならば新たに「信州上田発酵の女学校」を立ち上げたらどうか、となり急展開。

2019年12月3日、長野大学の教室を借り、第一期入学式が慌ただしく開校。
原有紀校長は「女学校」とした趣旨をシンプルにこう語る。

「出産・育児など女性にしかできないことがあるが、発酵食品は母体を健康にする。早いうちから取り入れてもらいたい」

それぞれの講師(地元の料理研究家が新たに加わる)による味噌づくりや酒蔵の仕込み体験、料理の実習など6ヶ月間を想定。

しかし、2020年に入り、思わぬ・・コロナ禍・・に見舞われ、大きく変更を余儀なくされる。

【コロナ禍のなか、女学校の奮闘!】
コロナの影響は、当初考えていた以上に大きかった。

何しろ集まれないし、実習も無理。それでもラインを駆使して情報を共有し、何とか10ヶ月間をかけて卒業式を迎えた。

会場を着物販売店の3階に設営し、女性陣の講師や卒業生11人は着物姿が目立ち、私も人生で初めて羽織袴で司会進行

卒業生代表が挨拶で「人生で大切なものを見つけられ、未来につながる学びができた」と言葉を詰まらせ、涙を拭きつつ話したシーンに一同感動。

【第二期(2020.12.1~2022.1.30)女学生8人】
2ヶ月後、第二期をスタート。

今期、上田千曲高校の先生とのつながりから、生徒にも声をかけ、長野大学生&千曲高校生の混合で行なうことに。

会場は高校の調理実習室をお借りすることになり、有り難い。

ただ、講座の進み具合は、コロナで大幅に遅れ、12ヶ月、足かけ3年の長丁場

途中、どうなるかとの懸念もしたが、HPで原校長や講師が「発酵よもやま話」を投稿し、オンラインでの学習を継続できたこともモチベーションにつながったと思う。

課題としては、大学生と高校生では講座の都合のつく時間帯が異なったりして、会場も別途用意しなければならず大変だった。

卒業式は、残念ながらズームで挙行。これも、卒業生の人生にめったにないことで、後で振り返れば貴重な体験と思う。

【第三期(2022.6.13~2023.2.16)6人】
今期は、今までを振り返り、千曲高校生を対象に行なうことにした。高校先生方のご協力に感謝である。

学校の授業の制約があるなか、ボランティアの講師陣が都合をやりくりし、何とか実現させたいとの熱い思いには、敬意を表す。

卒業課題のレシピ審査は、さすが「食物栄養科」の3年生たち、レベルが高かったですね。

【「信州上田発酵の女学校」の良さ】
これまでの卒業生は計25人

第四期に向け、来月にご慰労&戦略会議を予定しているが、発酵の女学校の良さを中小企業診断士の私が思いつくままに列挙しておこう(笑)!

①まず、校長を中心によくまとまっている。
理由として私が大きいと思うのは、それぞれ複数のお子さんのお母さんでもあり、話が身近で経験を共有できることではないか。また互いに刺激し合っている。

②そして、日ごろからラインでよく意見交換をしており、一つにまとめる経過を踏んでいること。

③校長先生のリーダーシップに負うところが大きい。
積極果敢に行動し女学校を引っ張っていく一方、講師陣や女学生たちの異なる立場を思いやって、無理強いしないこと、さすがである。

④高校の先生方と連携しつつ進めていること。これも、持続可能な女学校として大切。

⑤講師の夫を含めた男性陣が、縁の下の力持ちとして黒子に徹していること。家庭の協力も大いに貢献。

コロナ禍が続くなか、上田市の小さな女学校で若い女性たちが「発酵」を学んでいる。

今後に“ご期待あれ!”

この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川戦略マーケティング研究所所長

1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
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