「地方創生とSDGs」(3)大気植民地化①

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前回からの世界のCO2排出を主因とする地球温暖化問題を続ける。

土地、森林、漁場だけでなく、「大気」も共有財産であるという「大気コモンズ」というキーワードを挙げた。

考えるにあたり、私自身は遠回りのようだが、欧州の「共有地」を巡る歴史を客観的に振り返る「歴史の再学習」の必要を感じている。

【欧州の歴史を概観する必要性】
・私たち日本は、明治以降「脱亜入欧」という精神的スローガンを掲げ、後進国・亜細亜から脱して、先進国・欧羅巴州(欧州)=列強国の一員になることを国家目標とした。

日本人の多くは、欧州の哲学・文学・芸術・歴史等を学ぶことが最善の道と思い込み、第二次世界大戦敗戦後もさらに欧米の価値観を上位に置く精神的慣性(そのままの状態を続けること)を維持している。

そこには、欧米の歴史を無批判に受け入れてしまっている精神土壌がありはしないか。

・しかし、「大気コモンズ」という「世界の共有財産である大気」を考えるとき、同じコモンズの土地・森林等が世界の歴史上どう取り扱われてきたか、またグローバル・サウス等の植民地化とどう関連するのかを理解することは、今後を考えるうえで大変参考になる。

歴史上その舞台となったのは欧米であり、どう共有財産を奪取してきたのかを振り返りたい。前掲の参考図書「資本主義の次に来る世界」を踏まえつつ、長くなるが必要と思い覚悟してアプローチする。

中世封建社会の崩壊
・中世の欧州封建制度のもと、1300年初め欧州各地で平民(農奴)が領主に反旗をひるがえし、税や耕作権利・直接管理を要求したが、その都度鎮圧される。

・1347年、予期せぬ黒死病(腺ペスト)が大流行し、欧州人口の1/3が死亡。
労働力が決定的に不足する事態
になり、流れが大きく変わる。

小作農・労働者が領主との地代・賃金の交渉力を持ち、やがて農奴制は廃止されていく。

・権利を勝ち取った自由農民は、集会を開き放牧・森林等のコモンズ(共有地)を集団で管理し、労働者の待遇も著しく改善した。ここに、欧州労働者階級の黄金時代が到来する。

資本主義は封建制の崩壊から自然に出現したのではない
実際は、封建制が崩壊した後に生まれた平等社会は、自給自足・高賃金・草の根民主主義・資源の共同管理を軸として、上流階級の富の蓄積を拒んだ。

そこで、上流階級は反撃に出る!

・貴族・教会・中産階級の商人は結託して賃金引き下げを断行し、また欧州全土で暴力的な立ち退き作戦を展開。

農民が共同管理していたコモンズ(放牧地・森林・川)は柵等で覆われ(写真はウィキペディア掲載を引用)上流階級は私有化した。

これが私有財産としての「囲い込み」エンクロージャーである。

【囲い込みによる大変化】
・囲い込みにより、何千もの農村コミュニティが破壊

3世紀にわたり欧州広域で囲い込みが行なわれ、数百万人が土地を追われ、国内難民になった。
こうして、資本家は土地を略奪して資本を蓄積した。

・農民はコモンズが囲われ自給自足経済が破綻すると、賃金を得るために労働力を売る賃金労働者になった。

・これは、通常語られる物語を覆す。
資本主義の台頭は、組織的な暴力・大衆の貧困化・自給自足経済の組織的破壊を背景として生まれたのだ。

資本主義は、農奴制を終わらせたのではなく、農奴制を終わらせた進歩的改革に終止符を打ち、葬り去った

確かに、この見方は今までの教科書では教わらなかったように思う。
資本主義は囲い込み(資本家によるコモンズの私有地化)により発展するスタートを切ったことを。

・資本家は封建社会の農奴制原理を再利用し、生産手段をコントロールして小作農と労働者を資本家に依存しなければ生きられないようにした。

民衆は彼らに反抗したが、1500年から1800年は世界至上極めて多くの血が流れ、資本家が勝利。

囲い込みは、自由農民が勝ち取ったあらゆる権利を無効にした。
1500年~1700年代の実質賃金は70%も減少。栄養状態は悪化、飢餓が蔓延。

英国では平均寿命が1500年代は43歳、1700年代は30歳まで低下。
当時の欧州は、平民にとって世界でも最も貧しく病んだ場所だった、とこの参考図書には書かれている。

そうだったのかと、深くうなずく。

・囲い込みは、特に英国において強引にすすめられた。
中産階級(ブルジョアジー)が議会の支配権を握り、英国のコモンズはほぼ消えた

【農民システム崩壊と産業革命
・土地を奪われ呆然となった人々の一部は、都市に流入し、安価な労働力を提供した。

これはとてつもない人的犠牲を強い、産業革命の最初の100年間は、平均寿命は著しく低下。
代表するマンチェスターとリバプールでは、産業化されない地域に比べ、平均寿命が急低下、マンチェスターでは25歳になった

信じられない平均年齢である。改めて、資本主義が囲い込みにより農民に多大な犠牲を強いて発展してきたことを、私たちは胸に刻まなければならない

囲い込みと海外植民地化
・上流階級は、欧州で農民革命が起き富を蓄積できなくなったため、2つの解決策を実行した。
「囲い込み」と同時に「海外フロンティアの植民地化」である。

・1492年、コロンブスが米国大陸を発見し、以降欧州人は米国の植民地化をスタート。
これは、決して「発見」というロマン漂うものではなかったのだ。

・囲い込みにより発生した貧困難民の中には、家族で海外フロンティアへ移住したものもいた。
この囲い込みと海外フロンティアの植民地化は同時進行し、同じ戦略の一環であったことがわかる。

では、海外植民地化がいかに膨大な利益をもたらしたかは、次回に。

この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川戦略マーケティング研究所所長

1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
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