コロナ禍のなか、乗り切ってこられたワケ(1)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0

一昨日、上田商工会議所主催の飲食店経営「講演&対談」会に登壇した。

第一部は、「ファンづくり」をメインに、お二人の講師の講演。
第二部は、私の進行(コーディネート)で対談。

この日は、いくつかの行事が重なり参加人数は少なかったものの、会場は熱気に包まれた。

今回、その一端を記す(私の文責で)。

【今、なぜファンづくりか?】
テーマの設定理由は、シンプルだ。

何と言っても、飲食業界は、コロナ禍に見舞われ、大変な環境下、店を閉めた飲食店も目につく。

一方、厳しいながらも経営を維持している飲食店もある。
その大きな要因として、お店の常連客・ファンの存在があげられよう。

そこで、改めて、飲食店の経営安定・持続には、コアな顧客を確保する「ファンづくり」が不可欠と考える。


【お二人の飲食店は、特徴的だ】
・まずは、上田市内の創業105年になる老舗諸宴会場「香青軒」。

茶懐石~宴会食、和食から中華と幅広いお客さまに対応されているお店だ。

店主の尾澤さん(社長で店主)は、料理を通じて「日本文化の衣食住に係る歴史や年中行事、歳時記等」を発信。

茶会や法事の料理(出張宴席も)など、特別な部屋や料理を提供できるお店は貴重な存在。

店独自のコンサートやイベントも企画され、講演等も含め精力的に活躍されている。

・次に、市内塩田の「豆café enjyu(まめカフェエンジュ)」。

Ohisama料理教室主宰の「おうち料理研究家」王鷲さんが経営。

名所である前山寺(ぜんざんじ)や残照館(旧「信濃デッサン館」)の近隣に立地し、塩田平を眺望できる。

また、ソイフードマイスターで、信州上田発酵の女学校講師、SBC信越放送ずくだせテレビにも出演中で、多方面で活躍。

【お二人が人生で学んだこと】
・尾澤さんは、結婚と同時に同店に入社したが、高校卒を学歴コンプレックスとして感じていたという。

しかし、ある方に「学歴よりも学力」と喝破され、ハッと気づき、「色々な方に教えを請い貪欲に学ぼう」と果敢に行動。

日本文化を料理を通じて学び、発信していく。

・一方、王鷲さんは建設関係の会社で働いていたが、結婚して出産したお子さんが病気で入院し、治療看病に専念。

病院で、1日のうち、冷凍おにぎり等のコンビニ食も食べなければならず、「日常の家庭の食事がいかに大切か」に気づく。

その後、志を新たに「おうち料理研究家」として師事する料理人に出会い学び、「家庭料理」を磨いていく(料理コンテストで受賞多数)。

【二人に共通すること】
・そこから、私がお二人に共通することとして感じるのは、「学ぶエネルギーの強さ」だ。

尾澤さんは、「コンプレックスをバネ」に、色々な方々と交流し教わり、自らのものにして発信している。

王鷲さんは、「お子さんの病気看病から気づいた大切なこと”命の尊さ”」を胸に刻んでいる。

だから、お二人とも「謙虚に学ぶ」姿勢を持ち続けられると思うのだ。

【ファンづくりに大切なこと】
重要なことが多く語られたが、私が敢えて一つずつ挙げるとすれば・・・

・尾澤さんは、コロナ禍下、テイクアウト商品の「弁当の掛け紙」にこだわったという。

デザインやメッセージを加え、購入していただいた方に「感謝の意」を表す。


お客さまとのさりげないコミュニケーションが大切で、身近に感じてもらいファンになってもらえればと。

・王鷲さんは、つながりを大切にしている。

農産物を提供してくれる生産者や直売所、その食材を料理する教室の受講生、そして料理を食べていただくお客さまや家族。

「それぞれの笑顔に感謝し地域内循環すれば嬉しい」との姿勢が、信頼を醸成しファンを生んでいくのではないか。

【コロナ禍のなか、乗り切ってきたワケ】
最後に、二人に聞いた。

コロナ禍は大変だったと思うが、ファンの大切さのほかに思うことはあるか、質問した。

まず、尾澤さんが話したのは・・・

私が料理人だったから
私は、即座に納得した。

経営が大変で、人件費負担が大きかったが、最後は自分が調理をすればいいと覚悟してやってきたとのこと。
王鷲さんも同意する。

私の知人が昨年飲食店をたたんだ。彼は経営者として能力があり、クラウドファンディングもやったが、最後は料理人の人件費が払えなくなり、すっぱりと決断した。

コロナ禍のなか、地方で続けるには「オーナーシェフ」でないと厳しい、という現実もある。

お二人とも、その覚悟が丹田にあるからこそ、謙虚に学び、関わった方たちに「感謝」する姿勢を堅持できる。

そして、最後は、ファンが支えてくれるのだ

私のフォローのまとめは、次回に(少しだけご期待下さい)。

この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川戦略マーケティング研究所所長

1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加