「ある言葉」と「尖がった経営」(創作ストーリー)

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関口茂は30歳。

芸術系の大学を卒業し、いろいろな制作活動をやってきた。

主にスプレーアートで、室内や外壁、シャッター他をキャンバスにして描くユニークな画家である。

型にはまることが嫌で、アートで自分を表現し、存在感を示し生きていきたい。

だから、生活していくのは楽ではない。

夜間のアルバイトは必須、妻との共働きなので時間分担しつつ二人の子供を育てている。

茂の父・健司は運送会社の社長。
彼の父が創業した会社を引き継ぎ、規模を拡大してきた。

昨今は、ドライバーの確保が難しく、社長自らハンドルを握ることもあるが、年々疲労感が増している。

早くから茂に会社を引き継ぎたいと思ってはいるが、父の都合で息子の人生を束縛していいのかと思い留まり、現状を黙認してきた。

健司は町の団体の会長も務めていて、人望も厚い。

そろそろ次世代にバトンタッチする時期であり、課題の後任もようやく目ぼしがついた。

この際、会社も後継者づくりを急がねば、との思いが募ってきた。

しかし、アートを人生の核にして生きてきた息子の茂をどう説得するか、答えが出せないでいた。

一方、茂も、こだわってきたアートをやめて会社に入るには自分にとっての「大義名分」が必要であり、悩んでいた。

秋が深まってきたある夜、健司は1人会社に残り、いつもの千曲川の川音を聞きつつ、説得を考えていた。

そして、不意に「ある言葉」が彼の心に訪れたのである・・・。

父は息子を飲み屋に誘った。このところ、お互いに忙しいという理由で一緒に飲む機会がなかった。

夕刻に、馴染みの飲み屋で待ち合わせをし、「とりあえずビール」で乾杯した。

近況を伝え合い、健司はさりげなく語りはじめた。

「茂のスプレーアート、父としてもすごいと思うよ。さすが私の自慢の息子と思っていた。

室内や壁面をキャンパスに、大胆そして繊細にアートする。見た人は感動だよ」。

茂は、ほろ酔い気分で聞いている。

健司は「ある言葉」を続けた。

「これからのこともある。今度は、『会社をキャンバスにアートしてみないか』」。

茂はしばらく黙っていたが、父は今までの自分のアート人生を尊重した上で、会社に誘ってくれているのだとわかった。

涙が出そうになった。

「少し考える時間をくれないか」とつぶやいた。

1か月ほど経って会社に入った茂は、生き生きと営業に飛び回っている。

健司は父として安堵するとともに、思い出したことがある。

この間、上田市で聴いた「講演&対談」で、コーディネーターが言っていた「尖がった経営」についてだ。

確かに息子は、いろいろなキャンバスにアートして、彼しか経験できないことをやってきた。

だからこそ、「失敗や悩みを含め過去の自分を肯定し、そこで学んだことを活かし、自分にしかできない生き方をしていこう」と決断したのではないか。

自分の中で、筋を通して「大義名分」を見つけたに違いない。

その「大義名分」とは「アート」であろう(父の思いも一緒だ)。

キャンバスこそ違うが、こだわりを創り表現する。「尖った」経営者になる
と信じたい。

父として温かく見守り、バックアップしていこう。

息子の茂は、今、応接室でテキパキとお客様の応対をしていて、頼もしい。

行く末は、持続可能な100年企業を目指してほしい、と秘かに願っている。

この記事を書いた人

長谷川 正之
長谷川戦略マーケティング研究所所長

1955年生まれ、長野県埴科郡坂城町出身。長野県信連勤務後、政策研究大学院大学で公共政策修士を取得。長野県や上田市で統一ブランドの創設や農産物マーケティングを推進。また、小学校PTA会長や地域活動にも積極的に取り組む。現在、中小企業診断士・公共政策修士として「長谷川戦略マーケティング研究所」を立ち上げ、企業や行政のマーケティング支援に従事している。落語鑑賞が趣味で、「上に立つより前に立つ」や「やってみなければ幸運にも巡りあえない」という言葉が好き。
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